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1994 僕のお風呂場にあったPSINet JapanのPOP
この写真が出てきて色々思いだしてしまった。

1993にIIKKがオフィスを探していたとき、誰も貸してくれなかったので僕のお風呂場を貸してあげた。IIKKはたしか一番最初の日本の商用インターネットでした。ルーターのパスワードはKILLIIJでした。;-)数ヵ月後PSINetがIIKKを買った。多分そのごろ自分のトイレに128Kの専用線きてた人は少なかったと思います。

それで、エコシスのメンバーが専用線を囲むように集まってきた。サイラス、下川、ダイシ、セン、ジョナ、ユキ。武邑先生もいた。ネットでUSED Sun SPARC 1+を買ってサーバーを立ち上げた。それで、1993にNCSAのMOSAIC Web Serverが出たときすぐウェッブペーウイを立ち上げた。「富ヶ谷」は多分最初のウェッブパージの内の一つでした。結構暇なUNIXマシンと専用線を持った英語と日本が出来るハッカー小僧だったので無敵だった。あとでユーンがメンバーに追加。最終的にはユーンが一番マネージャーとして活躍した。

エコシスはデジタルガレージと合併をして、デジタルガレージは1999に林さんのもとで上場しました。上場する前にデジタルガレージはインフォシーク事業部を米インフォシークに売却して僕と中村君がインフォシークの方に行きました。僕は会長、中村君は社長。米インフォシークはディズニーに買収されその後インフォシークジャパンは楽天に買収されました。インフォシークジャパンは今楽天のグループのなかでヤフーとMSNの次にリーチが高いポータルです。今元気な黒字会社です。(僕は平取です。)

PSIジャパンも一時期社長をやりました。僕のお風呂場からちゃんとした事務所が見つかるまで。それで今年PSIジャパンは米PSIの倒産とともにC&Wに買収されました。買収までは、取締役をやってました。PSIグループの中では少ない黒字チームでした。

って言うわけで、僕が関係してきた米社日本法人はなんだか親よりも長生きするみたい。僕に付く親がUNLUCKYなのか、なんだか分かりませんが。でも、大体の昔のアメリカのパートナーとはまだなかはいい。一部の元インフォシークのマネージメントと元ディスニーのマネージメントは嫌いだけど。

でも、今度ネオテニーでは、親のせいに出来ない状態なので、がんばらなくちゃ。ブロッグなんかやってる場合じゃないぞ!

14 Comments

風呂場のルーターを見せてもらったとき、僕はjoiはお風呂に入らない人なのかと思いました :-p

Ha! でも確かにあの頃皆ちょっと臭かったかも。

このBathroomからいろんなことが始まったと思うと、本当に懐かしいです。富ヶ谷のオフィスからは、歩いて4分で銭湯がありました。

まぁ、チャチャはこのぐらいにして、マジメな話、日本のインターネット・ビジネス熱はこのころから徐々に盛り上がり、ネット(.com?)バブルでピークを迎え、みんなわれ先と波に乗ろうとした。でも10年を待たずに、一つのサイクルが終わったような気がする。

こんな時代の波にあわせて、Joiの携わった会社の多くの親は1サイクルを終えたけど、会社は会社のライフサイクル、個人は個人で別のライフサイクルで生きてる。会社は1サイクル、最初から最初まで同じマネジメント(=個人)なわけでもない。

10年前には、「インターネット」なんて言っても、日本の多くのマスメディアや大企業は相手にしてくれてなかったけど、よくわかっている人や情熱がある人などが、マジメにインターネットと面と向かっていたような気がする(山師的な人もいたけど)。いまビジネスでは1つのサイクルが終わったけど、別のライフサイクルで生きている個人が、また次のサイクルに入るように頑張るのではないかな。そして、頑張らないとダメじゃないかな。

自分も10年前の(時として方向外れな)熱意を思い出して、初心に返って自分で地道なモノづくりから頑張ります。インキュベーターとしてJoi、みんなを励ましてください。

オオー僕を先に励ましてくれ。

でも、面白いですね。昔は絶対会社のサイクルの方が人間のサイクルより長い感じがしたけど、最近は気が付くと会社はなくなっている。それとトレンドが終わってる。でも、僕はネットバブルは投資のバブルで、実は本当のインパクトはこれからだと思う。皆楽しそうだったので、あせる過ぎただけどと思います。これからメディア、生産性、医療などいろんなところでインパクトが出てくると思います。それまで皆のつようにがんっばらなくちゃ。

創造的な新しい仕事は、いつも混沌としたところから始まりますね。最初はそのゴールの有り姿が、漠然としている。しかし、異なる才能と信念を持った Team が集結すると、その形が、走りながら姿を現してくる。

Joi のバスルームの混沌からは富ヶ谷 / Eccosys が生まれ、Digital Garage - Infoseek Japan という最終形に進化して行った。

Blog のプロジェクトでもまた、創造的な混沌がどんどん生まれている。良いことです。時代を変える新しい流れを、また Team で作って行きましょう。

今の日本を元気にするのは、信念を持った創造的な個人の Opinion だと思うし、それを Internet 上で具現化するツールとサービスが、Blog なのだと考えています。

このお風呂場の写真、当時Asahiパソコン編集だった福山さんがJoi取材して紹介されたはず。さらに同じ号に福山さんが取材したCaptain Crunchの記事も。(なりゆきで私がCrunchのメールアドレスおしえました)

福山さんといえば、今はなきアポロでほっぺたをひっぱたかれた思い出が…。

ネットバブルといえば、IT関連企業のトップが集まるカンファレンスETRE2002(スペインのセビリアで開催)に先週まで行ってたんですが、そこで元Yahoo!のTim Koogleが「テレコムの行き過ぎ投資がWorldComやGlobal Crossingの倒産につながったしテレコムは今苦しんでいるが、良い面を言えばインターネットに潤沢な投資がいきわたったおかげで、ネットのユーザーは増えるなど、生活に完全に定着した」と言ってました。ほかにもITバブルを作り上げた経営者とかあおったVCとかが、まぁ今までのことを棚にあげていろいろ言ったりもしてましたが、こういうダウンターンのときに、前向きに行く活力があるのがアメリカのいいところでもあるよね。

僕はスペインに行く前に読んでいた雑誌とかに、「もう国は信じられないから、こうやって税金をとられないようにしよう」とかいう記事を散々見ていて、それでその後にこういう人たちと話していたら、ふと「日本人の多くは、このまま進むと衝突する船に乗っているようなものなのに、誰かが舵を切ってくれるのを待っている。そして、きっとぶつかっちゃうだろうから、今から被害を最小限にする方法ばっかり考えてて、多少リスクがあっても舵を切って衝突を避けようとしないんだ」とか思ってしまった。この話を、ETREに来ていたイー・アクセスの千本さんにしたら、しきりに面白がってくれました。
(同じことを自分のblogでも書いてしまいました)

それってなんだか「希望の国のエクソダス」ですね。あとは行動を起こすのが中学生かどうか... (て、じつはまだ読んでないのですけど)

あ、エールを忘れた。

あれはできない、これはできないと批評するんじゃなくて、いつも新しいことにチャレンジ(今はblogにのめりこんでる?)Joiをサポートするから、頑張れよ!

What is エール?

僕のTim Koogleの思い出は、彼が来る前エコシスが日本では一番Yahoo!とはなかよくて、僕らが彼らの一番最初のベータサーバをセットアップしてました。Yahoo Japanを一緒にやる話をしてました。それで、Timが入った頃ソフトバンクが投資をして、彼らが日本をやることになった。まだその話をした孫さん、北尾さん、井上さん、Jerry Yang等とのミーティングを覚えてる。僕は技術をやるから、5%くれといった。でも、井上さんは1%でどうだ、といった。僕は1%じゃやらないと答えた。1%でももらっとけばよかった。;-P

エールは「yell」で、「(大学などで味方の選手応援のための)エール」(研究社英和中辞典)ということ。声援ね。若い人はこんな言葉、もう使ってないかもしれない :-p

Seki-sanもうとしだもんね~

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