IBMのTHINKフォーラムへの参加準備をしながらリーダーシップについていくつか考えたことをここに書いてみる。

インターネットは、アイディアと情報の生産・流通にかかるコストを急速にほぼゼロにまで押し下げた。その結果、アイディアの爆発的な急増と低コストの連携がもたらされ、多くの革新が生み出されることとなった。しかし一方で、今よりも時の流れが緩やかで単純な時代に合うようにできている多くの組織や我々人間が作り出したシステムから見ると、世界を困難で危険な場所とする複雑性と速度、増幅のスペースをもまたもたらすこととなった。

変化が激しく複雑なシステムを設計、予測、管理する場合、そのためのコストが、実施のコストを上回ってしまうというのは、その設計や管理の対象が何であれよくあることだ。実際、結果を予測してリスクを管理するよりも、まずはやってみて、試行錯誤しながら改善を施すほうが容易であることも多い。過去の偉大なアイディアや大失敗の多くは予測不能なものであった。後になってはじめてそうだとわかっただけの話しである。(誤解のないように付け加えると、あらかじめ知識を得ておくことや計画を立てることは有用であり、ときに必要でもある。ただそれだけでは十分ではないということだ。)

このような世界でのリーダーシップは、幅広いスキルを修得する能力と、勇気、柔軟性、迅速性、価値観、確固たるビジョンと計画性といった強固なシステムを育むのに必要な人間的な特性が鍵となる。すでに古く、誤りがあるかもしれない詳細な道路地図よりも、高性能なコンパスをもつことのほうが重要なのである。

こうした分権型リーダーシップは、戦いの世界(バーチャルであれリアルであれ)から宗教の世界まで、様々な場で進化、台頭してきている。またインターネットが、ほとんどすべての組織においてこの種のリーダーシップの重要性を引き上げている。

大企業の管理職は、社員に忠実にハードワークを続けさせるための昇進や長期雇用といった約束手形をもはや持っていない。企業の中核である研究開発や計画部門の組織はそのスタッフや提携先に対して、詳細な世界地図をもはや示すことができない。革新は組織の最も意外なところで起こっており、あるいは組織の外で起きていることもある。

今日のリーダーシップは、周りの者が自分とビジョンを共有し、セレンディピティを信じ、リスクを冒す勇気をもち、失敗に押しつぶされるのではなくそこから学べるように、彼らに権限をもたせることに他ならない。多様性を尊重し、組織間では多孔体のように情報が透過しなければならない。知的財産やソフトウェアコードなどの資産が、積極的で敏捷なアクションの妨げになるようなことがあってはならない。組織は、それらの資産が革新や進歩を遅らせる障害とならないように、それらへの執着を排除する意志と能力を持っていなければならない。

この新しい世界におけるリーダーは、管理や全知がかなわずそうしたことへの追求が不毛で非生産的な環境にあって、勇敢で、ビジョンを持ち、泰然としていられなければならない。

1 Comment

初めまして。日本の学生のYutaoともうします。ここ最近Joiさんのブログをしり、愛読しております。上記の記事についてですが、読管理職とリーダーシップが結びついていない現代の日本では非常にむずかしい問題ですね。誰もが、上記のようなリーダーシップを求めているのにも関わらず、そういう能力を持った人間はなかなか管理職にはなれないのですよね。