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Lessigは共和党と民主党に対して政治のディベートをする時に制限された著作権を使わないように働きかけるっていう内容の記事を書いたんだ。もっともっと政治討論が映像で行われるようになってくるごとに、映像における自由なスピーチの重要性を考えなければいけないんだ。
映像は文章に比べてリミックスしたりするのにもっと強い著作権保護が与えられがちだよね。だから政治家と政党がCCの定めてるCC-BYのライセンスを使うことによって、世間の人とか団体がもっと政治の映像に参加できるようになるはずなんだ。

最新情報:LessigはNBCが定めているクレージーなルールについて記事を更新してるよ。

2007/4/30 Joiの英語版ブログより
訳:Taiichi Fox
コメント:日本でもテレビでの党首討論とか重要になりつつあるから近いうちに考えなければならない問題だよね。

最近、米国の対外政策が議題に上るようなコンファレンスにいくつか出ていて、あらためて衝撃を受けたんだけど、外国人がアメリカの政策に外から影響を与えるのは、ほとんど不可能に近いんだよね。国連にしてもそうだし、意見の違うよその国は原則的に無視するという姿勢になってしまっているようだ。

つまりこういうことだ。アメリカは、世界の警察官になって、悪者に爆弾を落として民主化する。で、アメリカはますます豊かでパワフルな国になるので、誰もアメリカを嫌ったりしなくなり、戦争が起きることもなくなる。アメリカはすべてを統べ、すべてをアメリカ文化につなぎとめる、と(※)。

このシナリオだとアメリカは、なんていうか、“超”管理人みたいな国なわけだけど、その為政者に対する投票権をもっているのはアメリカ国民だけなんだよね? アメリカ人だけに権利がある。それってつまり、どういうことよ?

自分たち以外の世界を疎外して、アメリカ国民は世界市民の中でも管理職クラスなんだと気負うなら、この辺で他国や他の文化に対する態度をビシッとあらためることを真剣に考えなきゃいけないだろう。僕らは統合された世界に生きている。経済的にも、文化的にも、ましてや軍事的にも、孤立して生きていくことはできない。

僕は(今のところは)アメリカの選挙権をよこせと言ってるんじゃない。ただ、そろそろ“ご近所とうまくやってく”ことの大切さってやつをアメリカが認識しないとヤバいんじゃないかと思う。人とうまく付き合うには、相手を理解すること、話をすることが唯一の方法だ。悲しいことに人間って、自分たちとは異なる文化や、知らない人のことは自然に気にかけなくなるものだけど、もうそれではいけないんだと思う。

今やアメリカは「世界で一番憎まれている国」に向かって、転落の一途をたどっている。自分たち以外の国や文化、人の話を聞き、敬意を払い、理解しさえすれば、世界で一番愛される国になることもまだ不可能ではないというのに。

僕が言いたいのはつまり、すべての人を内包し、異なる価値観を許容する、ある種のグローバルな民主主義が必要だということだ。ちょっと問題を単純化しすぎちゃったかもしれないけど、ここ2、3日静かにしてたんで、ちょっと饒舌な気分なんですよ。 ;-)

※訳注:『指輪物語』の「ひとつの指輪はすべてを統べ……」のパロですな。

Glocom公文先生に僕のEmergent Democracy Paperを日本語へ翻訳していたかきました。PDFファイルでがあります。

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