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Sat, Dec 17 13:17 UTC

MITメディアラボは2012年1月17日に「The Power of Open: Scaling the Eco System」(オープンという力:エコシステムのスケーリング)をテーマにした1日限りのイベント、「MITメディアラボ@東京2012」を開催する。この会議はメディアラボの既存メンバー、産業界の思想的リーダー、およびメディアラボのネットワークの一員になることに興味をもっている企業や個人を対象にしており、かなり興味深いプログラムとなっている。

本イベントは開催費用の一助とするためにチケット制とし、座席数は150と限られているので、参加申し込みは早い者順とした。

プログラム内容および登録方法は以下からご確認いただける。
http://www.media-lab-tokyo.jp/?lang=ja

詳細は以下の通りだ。

イベント名称:MITメディアラボ@東京2012
テーマ:The Power of Open: Scaling the Eco System(オープンという力:エコシステムのスケーリング
日付:2012年1月17日(火)
受付開始:09:30
カンファレンス:10:00~18:30
レセプション&ミニデモセッション:18:30~20:30
※スケジュールは変更される場合があります。

会場:電通本社ビル内・電通ホール
〒105-7001 東京都港区東新橋1-8-1

協力:電通/ISID(電通国際情報サービス)、角川デジックス、デジタルガレージ
問い合わせ先:info@media-lab-tokyo.jp

僕がニューヨーク・タイムズ紙に書いた「イノベーションを迫られ続けるオープンソース社会」の元のバージョンをここに紹介したい。ニューヨーク・タイムズ紙版も悪くないが、オリジナルはこちらだ。

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インターネット、イノベーション、学習について

インターネットは、本当は技術というよりも信念の体系、すなわち信条と呼べるものだ。

自分のコンピュータに小さなソフトウェア「MacPPP」をインストールした日を、僕は明確に覚えている。「MacPPP」はコンピュータ上で実行中のプログラムをグローバルなインターネットに接続するためのものだ。こじゃれたテレックス装置であった僕のコンピュータは、これを入れた瞬間、我々が今日当たり前のように享受しているマルチメディア的なインターネットの原始バージョンとも呼べるものに変貌を遂げた。

僕は当時、テレビ、映画そして音楽に関わる仕事をしていて、インターネットが何もかもを変えるだろうこと、そして僕が直ちにメディア業界を辞めて、キャリアの梯子を登ろうとするのをやめ、インターネットの構築に取り組むべきだと考えたのを記憶している。

僕がインターネット構築に参加する第一歩は、日本国内で最初の商業的インターネットサービスプロバイダであったPSINet Japanでの経験だ。僕はそこの最初のCEOになった。国連と関連のある大規模な標準化団体、CCITTが推奨する、当時インターネットの対抗馬であったプロトコル、X.25との争いを今でもおぼえている。各国政府を連携する大規模な国際機関が各国の専門家と世界屈指の大企業を集め、情報通信インフラのDNAの様々な面を統制する基準、すなわち企業がネットワークや製品を作っていく際の規範となる技術的基準を策定させるというものだ。

X.25とインターネットとの間の争いは、潤沢な資金と政府の支持を得た専門家 対 研究者および企業家たちのゆるく繋がった一団 の争いだった。X.25側の陣営は起こりうるあらゆる問題と実現しうるあらゆる応用方法を予測して計画に含めようとしていた。彼らは複雑で非常に考え抜かれた基準を編み出し、定評ある最大規模の研究所や会社がそれらを元にソフトウェアおよびハードウェアを作り出す想定だった。

一方のインターネットはと言えば、その主たる設計者の一人であるデービッド・クラークが提唱した「大まかな合意と、動作するコード」を信条とした、研究者の小グループによってその設計を進め、展開していた。インターネットの基準は各国政府が連携する巨大な国際機関ではなく、許可や権限を必要としない複数の小さな組織が世話人となり、シンプルで軽快な基準を提示する方法として「Request for Comment」(コメント求む)と謙虚に銘打たれたものを発信し、それに基づいて小規模な開発者グループが、後に合わさってインターネットとなる要素を生み出していったのだ。

ご存知のようにこの争いは、インターネットが勝利した。中央集権化されたイノベーションに対する、分散型のイノベーションの一大勝利であった。

インターネットの信念体系とは、誰もが接続する自由、イノベーションする自由、そして誰の許可を得ずともあれこれといじくる自由を与えられるべきだ、というものだ。誰もインターネットの全容を知ることはできない。中央集権的に管理することは不可能で、イノベーションはネットワークの「外縁」で、小規模なグループによってもたらされる。

この信念体系は分散型革新者からなる巨大なネットワークを生み出した。インターネットの革新者は互いに基準を作り合い、その取り組みの成果をフリーかつオープンソースなソフトウェアという形で共有する。最近ではエレクトロニクス系や、物理的なデザインさえも共有しつつある。

豊富なフリーウェアとコンポーネントの存在は、インターネットの構造と相まって、製造、配布、コラボレーション、すなわちイノベーションのためのコストを大幅に低下させた。かつてソフトウェア会社の立ち上げには何百万ドルものベンチャーキャピタルを要したが、今日では雀の涙ほどの資金、時には無一文であったとしても、企業家たちは「最低限の有効な製品」を開発、リリースすることができ、投資家から資金を集める前にインターネット上で実際のユーザー相手にテストすることもできる。

実のところ、今では大抵の場合、何かを試すべきかとウダウダ考えるよりも、とにかく試してみるほうが安上がりだ。地図というのは、実際は想定よりも多くの場合複雑で、いきなり作ろうとすると、やりながら試行錯誤していくよりも高くつく。今はコンパスが地図にとって代わり、「大まかな合意、動作するコード」の概念は、ネットワークアーキテクチャのためのイデオロギーであるだけでなく、そこから広まって新規事業と「リーンスタートアップ」傾向のための基礎的な信条にまでなっている。

3Dプリンター、レーザーカッター、オンライン配信、サプライチェーン関連のサービス、そして繊細な製造分野でさえ、インターネットを通じて安く、標準化され、繋がった状態となっている。また、インターネットのフリーかつオープンソースなソフトウェアを書いている開発者のコミュニティのような、ハードウェアハッカーやオープンなハードウェアデザインのコミュニティが生まれている。僕はソフトウェア側で起こったような草の根的イノベーションがハードウェア界隈でも爆発的に起こると予測しており、MITメディアラボではこの機運のあらゆる要素に深く関与している。

メディアラボは、教員、学生そして参加企業による学際的なグループが共同で、「大まかな合意、動作するコード」の信条を、未来のハードウェアデザインに加えて多種多様な分野にも適用し、未来を創造している。

メディアラボでは指導よりも創造を通じた学習に焦点を当てている。個人個人に実験、創造、反復試行する権限を与えている。我々はデモやプロトタイプを制作し、インターネットおよび人の関係で成立する分散型ネットワークを通じて、他の世界と共有、協働できるようになっている。我々は中央集権型の指導ではなく、分散型の創造を行う広大なネットワークの中にある1つのノードなのだ。

シリコンバレーでの消費者向けインターネット新興企業にとって劇的に有効なモデルであったものが、結果的に多種多様な分野や専門における学習向けにも素晴らしく優秀なモデルであったことが判明した今、我々はより多くのコミュニティが、技術、そして参加して創造する力を持てるよう、エンパワーメントを進めている。

例えばHigh-Low Tech(ハイ・ロー技術)グループでは、新しい素材や技術要素をデザインすることで、オンラインおよび実世界のコミュニティからなる非常に多岐に亘る非技術的グループが、自力で電子機器を製作する方法を学び、技術について学べるようにしようと試みている。

Lifelong Kindergarten(生涯幼稚園グループ)では、プログラム言語「Scratch」を中心に若い面々からなる巨大なコミュニティを管理しており、驚くくらい若年の子供たちが自分でソフトウェアを書いてプロジェクトをオンラインで共有し、互いのコードや発想を活用しあうことを可能にしている。

僕の大好きな言葉の一つである「ネオテニー」は、大人になっても子供らしい要素を持ち続けることを意味している。子供らしい要素には、学習、理想主義、実験、感嘆、創造などがある。目まぐるしく変化し続ける今日の世界にあって、我々はもっと子供のような行動をし続ける必要があるだけでなく、子供たちに対して、世界を変えうる革新的な大人になれる要素を持ち続け、未来を再発明する一助となるような生きかたを教えることができる。

IBMのTHINKフォーラムへの参加準備をしながらリーダーシップについていくつか考えたことをここに書いてみる。

インターネットは、アイディアと情報の生産・流通にかかるコストを急速にほぼゼロにまで押し下げた。その結果、アイディアの爆発的な急増と低コストの連携がもたらされ、多くの革新が生み出されることとなった。しかし一方で、今よりも時の流れが緩やかで単純な時代に合うようにできている多くの組織や我々人間が作り出したシステムから見ると、世界を困難で危険な場所とする複雑性と速度、増幅のスペースをもまたもたらすこととなった。

変化が激しく複雑なシステムを設計、予測、管理する場合、そのためのコストが、実施のコストを上回ってしまうというのは、その設計や管理の対象が何であれよくあることだ。実際、結果を予測してリスクを管理するよりも、まずはやってみて、試行錯誤しながら改善を施すほうが容易であることも多い。過去の偉大なアイディアや大失敗の多くは予測不能なものであった。後になってはじめてそうだとわかっただけの話しである。(誤解のないように付け加えると、あらかじめ知識を得ておくことや計画を立てることは有用であり、ときに必要でもある。ただそれだけでは十分ではないということだ。)

このような世界でのリーダーシップは、幅広いスキルを修得する能力と、勇気、柔軟性、迅速性、価値観、確固たるビジョンと計画性といった強固なシステムを育むのに必要な人間的な特性が鍵となる。すでに古く、誤りがあるかもしれない詳細な道路地図よりも、高性能なコンパスをもつことのほうが重要なのである。

こうした分権型リーダーシップは、戦いの世界(バーチャルであれリアルであれ)から宗教の世界まで、様々な場で進化、台頭してきている。またインターネットが、ほとんどすべての組織においてこの種のリーダーシップの重要性を引き上げている。

大企業の管理職は、社員に忠実にハードワークを続けさせるための昇進や長期雇用といった約束手形をもはや持っていない。企業の中核である研究開発や計画部門の組織はそのスタッフや提携先に対して、詳細な世界地図をもはや示すことができない。革新は組織の最も意外なところで起こっており、あるいは組織の外で起きていることもある。

今日のリーダーシップは、周りの者が自分とビジョンを共有し、セレンディピティを信じ、リスクを冒す勇気をもち、失敗に押しつぶされるのではなくそこから学べるように、彼らに権限をもたせることに他ならない。多様性を尊重し、組織間では多孔体のように情報が透過しなければならない。知的財産やソフトウェアコードなどの資産が、積極的で敏捷なアクションの妨げになるようなことがあってはならない。組織は、それらの資産が革新や進歩を遅らせる障害とならないように、それらへの執着を排除する意志と能力を持っていなければならない。

この新しい世界におけるリーダーは、管理や全知がかなわずそうしたことへの追求が不毛で非生産的な環境にあって、勇敢で、ビジョンを持ち、泰然としていられなければならない。

透明性とプライバシーの役割について興味深い話し合いをする機会が過去に何回かあり、これについて思うところがある。我々のこの世界というのは、権力者は秘匿性を持つが、一般の市民には透明性を強いる、そんな世界だと思う。そしてこの傾向は、今のテクノロジーによって拍車がかかっているように思う。僕はしかし、本来はその逆であるべきだと考える。公人や権力を持つ組織は透明性を強いられ、一般市民にはプライバシーが確保され、報復や迫害を恐れることなく発言する権利があるべきだと思う。これは民主主義やオープンな社会に必要不可欠であり、我々はそのことを推進して実現できるように努力すべきなのだ。

権力を持つ組織を透明にしようとする過程で、我々はいくつかの難しい問題に直面する。ほとんどの組織は、それが善の組織であっても、透明性に対して脆弱であるからだ。なぜなら、そもそも透明であるように設計されていないからだ。

まるで、ソフトウェアが書かれた後に「オープンソース化する」ことになったプロジェクトのようなものだ。コードがごちゃごちゃで、ほとんど不可能という場合が多い。ソフトウェアをオープンにする場合には、外の人間にも理解でき、恥ずかしくないような書きかたをするのが普通だ。例えば変数に卑猥なことばを使ったり、コード内のコメントのところで恋愛関係の不満をぶちまけたりする開発者も何人か知っている。彼らはコードが突然オープンになったら、職や伴侶を失うことになりかねない。

強い力を持つ組織のほとんどでは、手っ取り早く、面倒な工程が省かれたり、「目的が手段を正当化する」的な手法が選択されたりする。閉じられた扉の向こうで、白日の下に晒されるとまず許されるはずのない多くのことが、慣習として行われている。これらの慣行は多くの場合、きわめて悪質というほどのものではないが、何らかの形で恥ずかしいものであったり道徳的に問題があったりするものだ。

情報を隠すことがどんどん難しくなり、市民による逆監視が例外ではなく典型となっていく、その大きな潮流の始まりがウィキリークスなのではないかと思う。

この潮流は力の大きい組織に大きな痛みを与え、その大きな流れの中で転覆し、壊滅する組織もあるだろう。しかし、透明性への耐性を備えるようにはじめから設計すれば、そのような組織の構築は可能だと思う。オープンソースのソフトウェアの書き方を修得するよりは難しいだろうけど、我々はより良い、より強い、より効果的で公平な社会を実現するだろうと僕は信じている。

Safecast.orgでは、我々が測定、収集している放射線量のデータについて、データ利用者による帰属先の明示を法的に求めるクリエイティブ・コモンズの著作権者表示(Attribution)ライセンスではなく、CC0のパブリックドメイン・デディケーションを用いることを私からチームに奨励した。理由は、著作権者表示が必要な場合には利用者にとって困難であったり障害であったりする、データ分析やサービスの一環としての利用の柔軟性を確保したかったからである。

著作権表示が必要だと、多くの大規模データ集約プロジェクトは破綻してしまう。例えば、仮にセンサーを携帯するすべての人の著作権表示が必要で、メガトレンドを見つけるための膨大な分析作業で、過去のすべてのセンサーデータが用いられ、その中に我々のデータが含まれるとしたら、データを提供したすべての人について著作権表示を行うことは不可能だろう。データを自由に使用してそのデータを別のデータと組み合わせるソフトウェアを開発するには、データがオープンであることは不可欠だ。

とはいえ、SafecastのデータをCC0パブリックドメイン・デディケーション下で提供したからといって、誰かがSafecastからのデータを丸ごと持っていって、見た目を張り替えて自前のものとして提示することが倫理的に正しくなるわけではない。この主張を正確に理解するには、倫理的に正しいということ、規範的に正しいということ、そして法的に正しいということの違いを理解する必要がある。

誰かが別の誰かの業績を自分のものとして提示するのが盗作だ。多くの場合、これは違法というわけではなく、非倫理的なだけだ。例えば僕が誰かの発想を盗んで自分の学術論文に使ったり、Safecastのデータを持ってって自分で全部やったみたいに見せかけたりすれば、それは盗作であって、著作権の侵害にはならないであろう。非倫理的ではあるものの、必ずしも違法ではない。

一方で、ミッキーマウスの画像をプレゼンテーションで使用したら、それは著作権侵害であり、違法だと主張できるだろう。しかしおそらくほとんどの人は倫理的には問題ないと言うだろう。

適法性と倫理性との違いを明確にするのはとても大事なことだ。我々の社会や行動の大部分は、社会的な規範と倫理によって牽引され、導かれている。適法だからといって倫理的とは限らない。

同様に、自分のデータをパブリックドメインにデディケートしたからといって、そのデータの使用者に対してデータの出典元をウェブサイトに記述するように要請する倫理的な権利がなくなるわけではない。それはちょうど、自分のアイディアを誰かが学術論文内で使う場合に、その旨の言及を要請するのと同じ話しだ。

Reposted with permission:

By: 朝日新聞編集委員 根本清樹

《 伊藤穣一さんインタビュー 》

 Q。まず「創発」という言葉をわかりやすく説明して下さい。
 
「例えばアリは一匹一匹に高い知性はありませんが、群れとしてはとても複雑な共同作業をします。巣をつくり、ごみ捨て場や、死んだ仲間の墓地もつくる。個々の単純な動きが相互に作用し、いわばボトムアップで思いがけない高度な秩序が生まれていく。そういう現象を創発と呼びます。例えば大都市でも、トップダウンの都市計画より住民の相互作用から生み出された街並みの方がうまくいく。これも創発です」

 Q。そういう現象が政治にも生じてくるだろうということですか。

 「はい。例えば米国に『討論型世論調査』という面白い試みがあります。無作為抽出したごく普通の人々を一カ所に集め、税制とか年金とか、ややこしい問題を数日間議論してもらう。すると一人一人のレベルを超えた深い意見が出るようになり、全体としての判断もより適切な方向に変化していく。これも創発的な相互作用でしょう」
 「そういうプロセスが、インターネットの普及でいよいよ発生しやすくなってきました。人々はネットを通じ必要な情報を独自に集め、思考を深め、お互いの間で質の高い議論を交わしている。人々はだんだん賢くなってきている」
 「従来の代表民主主義は、国民が代理人としての政治家を選挙し、彼らに政策決定を委ねていますが、人々が自分で判断し、発信できるようになれば、政治家に何かを決めてもらう必要もなくなるんじゃないか。草の根から、現場から、直接民主主義に近い政治的な秩序が生まれてくるようになるんじゃないか。それが創発民主主義の夢です」
 
Q。いまの代表民主主義には欠陥があるという診断ですね。

 「代表民主主義では意思決定の権限が政府に集中しています。しかし、現代の世界は国際関係にしても経済にしても、ものすごく複雑化し、変化も激しくなっている。政治家たちがそれを全部きちんと理解して、常に正しい判断を下すことができるとはとても思えません」
 「今回の原発事故のように、世の中で起こる重大な出来事というのは、既成の理屈だとかモデルでは想定も説明もできないことが多いのです。そういう想定外の事態に適切に、機敏に対応することは、いまの中央集中的な政治にはできません。複雑化する世界の中で唯一生き残れる方法は、意思決定の権限を分散していくことです。現場主義です」
 「企業を見ていても、イノベーションとか新しいものはほとんど現場とか端っこから来る。問題を解決する知恵や情報やアイデアは思わぬところにある。それをうまく集めて、かたちにしていけば、政治家にはできないような結果を出せる。ネットとかソーシャルメディアは、その過程をサポートする強力な道具です」

Q。そうなると政治家はもういらなくなってしまう。
 
「政治家は指導者というより、進行役とか世話役、管理人といった役割になっていくのではないか。そういう存在は必要でしょう」
 
Q。構想を提唱されたのは8年前ですが、その後、現実のものになってきていますか。

 「8年前は主にブログを念頭に置いて考えていました。ブログは人々の間の議論を深める点でとても役に立つ。ただ議論だけでは世の中は変わらない。やはりみんなが実際に動く必要がある。人間と人間がつながって共に行動を起こさなければならない。そういう面で、その後に登場したフェイスブックやツイッターが今回中東各地ですごく大きな役割を果たしたことは重要です。私はいまドバイに住んでいますが、中東で起きていることは、創発民主主義の重要な実験台になっていると思う」
 「ソーシャルメディアが若者たちに与えたのは勇気です。革命なんか無理だよねと思っていた彼らが『僕らにもできるじゃん』と伝えあった。本当にウイルスのように勇気が伝わって行動を引き起こした」
 「創発民主主義はまだまだこれからだと思います。ただ、注意すべきなのは、短期的な変化の影響はみんないつも大きく見積もり過ぎるのに、中長期的変化については小さく見積もり過ぎるということです。僕らの世代では無理かも知れませんが、今の若い子たちの時代にはそういう方向に行くんじゃないか」

 Q。日本では2年前に歴史的な政権交代が起きましたが、民主党政権は迷走を続け、もう3人目の首相です。世界を飛び回りながら、日本の政治をどう見ていますか。

 「2009年の民主党の勝利は、それはそれですごく重要な出来事だったとは思います。でもやっぱり......日本の政治はあまりに不透明で、それはいまも変わっていない」
 「僕も日本をよくしたいと思って、日本の政治家や官僚と交流し、意見交換してきましたが、彼らは不透明な貸し借りや利害関係に絡め取られ、弱みやしがらみの中で生きている。だから思い切ってバットが振れない。何か筋を通そうとしても、99%は政治のための政治に頭を使わざるをえない。権力を手にするためのゲームのためのゲームです」
 「仮に勝って権力にたどり着いても、たぶんものごとを1㌢進めるくらいの元気しかもう残っていなくて、それで倒れていく。第1次世界大戦の時の塹壕戦みたいなもので、ものすごいエネルギーの浪費であり、膨大な犠牲者を出す。こういう政治のやり方では、民主党だろうが何党だろうが、日本を変えるのは基本的に不可能に近いんじゃないか」
 
Q。そういう不透明さをなんとかなくしていくことはできますか。
 
「いまの日本を見ると、高齢化、人口減少が進み、経済的な破綻に向かって走っているように見える。そういうぎりぎりの状況に追い込まれれば、貸し借りとかしがらみとか言ってられなくなって、政治も変わるんじゃないか。破綻して欲しいとは思いませんが、そういうイメージはある。あるいは、国民がそれこそやむにやまれず立ち上がるような事態が発生する。今回の震災と原発危機で、少し立ち上がりつつありますが。『アラブの春』は突然起きた。日本でも何かが突然起きて、政治が変わる可能性もある」

Q。創発民主主義が代表表民主主義に全面的にとって代わるとは考えにくい。二つをどう接続していくのかが課題ではないでしょうか。
 
「米国では、いろいろな政策についてネットで意見をまとめていくNPOがあります。私がかかわる分野では、プライバシー保護とか著作権の問題などについてネットで議論し、政治家に直接働きかける。草の根が米国政治に与えるインパクトは大きい」
 「日本では草の根と権威ある人たちとのコミュニケーションがあまりない。例えば原発についても、本当の専門家はあまり公の場で意見を言わないし、一般の国民の間の運動の中にはそういうエキスパートがあまりいない。政治に対してもう少し草の根の意見が影響を与える仕組みをつくらなければ」

Q。原発について国民投票をしよう、そのための制度をつくろうという声が市民から出ています。

 「とてもいいことだと思う。原発はあまりに大きな産業なので、政治家たちもどこかで利害関係でつながっているから、判断を委ねてしまうのは危うい。国民が自分で理解して、自分で決める権利を行使すべきです。先ほど触れた『討論型世論調査』の組み合わせてみるといいと思う。これは原発のような高度に専門的なテーマにすごく向いています。3日間くらい缶詰めにして徹底的に議論するんです」

 Q。民主主義をバージョンアップするためのアイデアは、ほかにもいろいろありそうですね。

 「ええ。例えば、自分の投票権を政策課題ごとに仲間とか知り合いに渡していくという手法が考えられています。環境問題だったらあの人が詳しい、エネルギー問題だったらこの人が信用できる、という具合に投票権を委ねていく。委ねられた人はさらに高度なエキスパートに票を渡す。議論を通じ、優れた意見を言う人に次第に票が集まり、最後は一番たくさん集めた人の意見が勝つ。こうした実験を、日本でもやってみればいい。テーマを絞ったり、地域限定にして、『民主主義特区』をつくってみてはどうでしょう」

See Also: 創発民主制 - GLOCOM Review 8:3 (75-2) - 2003 Center for Global Communications (PDF)

朝日新聞 - 伊藤穣一さんに聞く- 創発する民主主義とは

Does anyone read this thing anymore? I'm trying to decide whether I should start blogging actively again or not...

知っている人も多いと思うけれど、僕はReid Hoffmanと長い間共に仕事をしている。中でも彼が創業したLinkedIn、特にその日本展開については、最初から一緒に考えてきた。

LinkedInがグローバルに拡大している中、日本展開の重要性が増している。このため最近は僕もよりフォーマルな形でLinkedInにアドバイスをするようになってきた。

日本は、今まさにLinkedInを必要としている。LinkedInは「ソーシャルネットワーク」ではない。「プロフェッショナルネットワーク」なのだ。このネットワークを通じて人々は、社会人としてのアイデンティティを確立したり、ビジネスの専門知識や情報の共有をしたりすることができる。自分に大切な分野についてプロフェッショナルな知識を増やすことも可能だ。

プライバシーについての問題が大きな懸念材料になっている昨今、ゲームやソーシャルネットワークなどのカジュアルなネットワークとプロフェッショナルネットワークを区別して利用することが大切になっている。僕は、日本の社会人にとってLinkedInは、世界の他の国々と同様にとても重要なツールになると思う。

そう、僕がMITのMedia Labに完全に移る前の最後の「実質的な仕事」は、LinkedInの日本での立ち上げを手伝うことだ。手始めとして僕らはベストな才能を持つ人材を探し始めた。LinkedInを日本で展開させていくには、最高で熱心なチームが必要だ。このチームは、戦略、製品ロードマップ、そして日本での成長を担うことになる。グローバルブランドの強みを背景にしながら、起業家としての経験を積めるよい機会になるはずだ。

We're Hiring!

今回、下記の通りいくつかの職種で求人を始めた。特にユーザーの更なる獲得に貢献してくれるプロダクトとマネージメントのリーダーを探している。LinkedInは、日本展開を非常に重視している。このため今回チームに加わってもらう人には、米国にいる一線級のシニアチームと直接仕事をすることになる。これはキャリアを積む最高の機会になると思う。

もし、あなたが下記のリストのいずれかに応募したいと思ったら(もしくは、誰か興味がありそうな人を知っていたら)、是非こちらのメールアドレスまで連絡してほしい。japanteam@linkedin.com.その際には、履歴書を添付するかまたはLinkedInのプロフィールページのURLを記載してもらいたい。

現在、日本展開に向けて募集中の職種は:
Product Lead, Japan
Design Lead, Japan
Engineering, Japan

また、ゼネラルマネジメントとプロダクトマーケティングの担当者も募集している。

LinkedIn日本語版の公開が近づいたら、LinkedInの日本展開についてもっと詳しくこのブログに書くつもりだ。まずは、LinkedInが今年中に日本語版の立ち上げを計画していること、そして
チームの仲間を募集している事をみんなに伝えたかった。ドリームチームを作り上げるために協力してほしい。

今回、MIT Media Labの新しい所長に選んでもらったことを光栄に思う。

去年の11月僕は、シリコンバレーを拠点に活動するたくさんの人々がオックスフォードを訪れ、起業家や大学生などと交流する魅力的なイベント「シリコンバレー・フォーラム(Silicon Valley comes to Oxford)」に出席した。こうしたカンファレンスは旧友と再会をするまたとない機会となることが多い。

今回のカンファレンスには僕が知る中でも最も魅力的な人物の一人であるMegan Smithが出席していた。
Meganと会うと、よくこうなるのだが、僕達はとにかくいろいろな事について語り合った。
その中でMeganが、「Joi, MIT Media Labの所長になるのに興味ない? 実は今、ちょうどNicholas Negroponteとその話をメールでしていたの」と突然僕に言った。僕は、「うーん...よし、もちろんだよ!」と答えた。Meganは、微笑みながらすぐさま携帯を手に取り、タップし始めた。

数週間後、僕はロサンゼルスからカタリナ島に入り、海草の森の中のひどい視野の中で、調査とリカバリートレーニングをしていた。ダイビングをしている中、ドライスーツを着ている状態で、僕はNicholasからの電話を受け取り、今回のポジションについて話をした。電波が本当にひどくて、何とか相手が何を言っているかが分かる状態だったが(こんなことを言っては今のテクノロジーに対する皮肉になってしまうかもしれないけれど)、とにかく僕がこの話に興味があることを伝えることができ、近いうちに会って話をすることになった。

それから数カ月後、僕はMITのビルのE14の入り口にいた。そのビルは、Maki and Associatesがデザインをしたとても素敵な建物だ。これとEiesnerビル (MITの卒業生 I.M. Peiがデザインした)と合わせた2つのビルがMIT Media Labなのだ。

ビルに入ると、僕は中世の大聖堂に迷い込んだ旅人のような気分になった。そして、自分がMedia Lab そしてMITのような「施設」にいて良いのか、と恐れ多い気持ちを覚え、少しショックを覚えた。

教授や生徒達とノンストップにミーティングを一日中続けた結果、僕は、自分の仲間を見つけたのだと気付いた。皆、とんでもなく頭脳明晰で、積極的で、本当にクールな事に取り組んでいる。彼らは、挑戦することを恐れていなかった。それは、本当に多種多様な内容ではあったが、共通のDNAも存在していた。僕は、このスペースが作り出している物理的な密接感やブランドに与える力、そしてMedia Labのレガシーによる使命感を覚えた。それは、僕が今まで見たことがないような機敏かつ長期的に考える力を作り出していた。

皆、当たり前のように、「このラボからセンサーを持って来て」、「表皮組織の専門家も必要かも知れない」、「そしてロボットをあのラボから持って来て」、「映像化技術はこの研究室から」、といった具合に会話をしながら、一つの研究をまた違う方向に進めているのだ。

まるで消防署のような賑やかさでつながり合い、創造して行く。僕は完全にチャージされて、細胞が活性化されたように感じた。

僕はリスクをいとわず機敏なシリコンバレーベンチャーのスタートアップの熱心な信者だが、その一方でベンチャーキャピタルと公開マーケットの性質によって起こってしまう長期的なトレードオフには本当に失望していた。

政府や大企業の研究機関は長期的だが、僕たちが今直面している素早い解決が求められる問題や複雑な問題にすぐに柔軟な対応をするということが難しくなってきている。

僕は自分自身の人生を、非営利、ベンチャースタートアップ、大きな研究機関との良好な関係、そして長期にわたるアジャイルソリューションについての研究によって育んだ世界中の人々とのネットワークの中に存在させてきた。

John Seely Brownはよく、"引き出す力 (The Power of Pull)"について話をする。
資産やリソースを貯め込むのではなく、僕たちは必要に応じて、それらをどのように引き出すべきか。知識を押し込んで、中心から物事を指し示すのではなく、僕たちのネットワークの中から、コンテクストを生み出してくれる人を引き出していく。細かいことを全て計画するのではなく、偶然の機会を快く受け入れ、そして一般的な曲線に当てはめて未来を予想し、全てを一緒に高度なコンテクスチュアルでアジャイルな方法で引き出していくのだ。

そのような問題に真正面から取り組むために必要な要素が、Media Labと、そこで交わした会話の中に、あったように思う。普通の人々は嫌がるであろう混沌とした複雑さを楽しんでしまう、僕らのような人種をひきつけるものがあるように思った。

また、Media Labは、そういう人たちや、創造という命題に加えて、外部との広い結びつきと、そこで成果を上げる実力を持っていた。学会、公的機関、ベンチャー企業、大企業、アート、ジャーナリズム、社会的活動、非営利団体、などと手を結び、実際にそれらで実用化される反響や成果を上げている。

Media Labの共同創始者で会長のNicholas Negroponteは、今回のプレスリリースでこう言っている。「これまでの25年間はMITカルチャーが、デジタル革命の実現に貢献してきた。しかし革命は終わった。今や我々がデジタル・カルチャーなのだ。Media Labにとっての"メディア"は、今では脳科学からアートまで、より幅広いイノベーションを含むことになる。これらは、国際、社会、経済そして政治的な面でインパクトを与えることになる。これこそまさにJoiの世界だ。」

僕はいろいろな意味で初めてくつろいだ気分になった。

物事に全神経を集中できる場所のようだと思った。と同時に、強大な力が湧き出て、チームと協力し、僕の大きく広がるネットワークも使い、意味のある有益な結果を皆さんにもたらせる気がしている。

僕の使命の一つは、僕のネットワークをMedia Labと結びつけることだ。友人達皆にラボを知ってもらうこと。LabCastビデオ( http://labcast.media.mit.edu/)や、ウェブサイトで研究を見てもらうことはもちろん ( http://www.media.mit.edu/research )、何より、実際にラボに来てもらいたい。既に多くの企業がラボのスポンサーだが、実際に時間を一緒にここで過ごすことで、僕らのビジョンが一つになり、魔法が生まれるということを確かめたい。

まだラボのスポンサーでない方は、是非実際に来てみて、体験し、チームに参加することを考えてもらいたい。Media Labは未来のためのコンテクストとイノベーションを生み出す重要な役割を担っていると、僕は心から思っている。まずは、同じテーブルについて、この会話に参加して欲しい。


何にせよ、今後、Media Labで僕がしていきたいこと、ラボと一緒にして行くことはすべて、書き、話して行くつもりだ。いろいろなところで、いろいろな人たちと交流することを楽しみにしている。

僕がブログに書く前に、John MarkoffがNew York Timesの記事にしてくれた!素晴らしい記事をありがとう!

Media Labの公式リリースはこちらから。

アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞受賞から1年を経て、『ザ・コーヴ』の日本語吹き替え版が制作側により無料でオンライン公開された。加えて、「海を考えるグループ」という地元団体がDVD版を、イルカ漁と『ザ・コーヴ』の舞台となっている太地町の全町民に配布した。

僕は自分なりのやりかたで日本国内での『ザ・コーヴ』に対する注目を高めようと試みてきた。日本人の間からは映画に対する批判の声がいくつかある。「イルカって言っているけれど、ウシはどうなんだ?」と問いかける人もいれば、日本の文化を槍玉にあげていると苦言を呈する人もいる。日本人は大概、日本国内のことについて外国人が変化を起こそうとすることを快く思っていないのだ。

ただしこれは日本人に固有の気質ではなく、中国や、ムバラクやカダフィが最近行ったスピーチを聞けばすぐわかる。日本には、日本に対する国外からのあらゆる批判に反発する強固な国家主義的な動きが存在する。

日本国内における映画『ザ・コーヴ』のオンライン公開が重要なのは、日本の人々が映画を観て自分たち自身で是非を判断する機会になりうる点だ。この映画のことをどう思おうが、公開禁止にするというのは言語道断だ。太地町の数名の人のグループと国家主義者たちの手により、この映画の全国レベルでの公開は阻止されてきた。

日本の人々は映画に含まれる主張や批判が的を射たものかどうかを自ら決めるべきであり、もし必要十分な数の日本人の心と精神に共鳴が起きるのであれば、日本の人々は国内問題としてとりあげ、調査と変革を求めるだろう。

僕の考えでは、この映画には日本国内の様々な集団の注意を引く要素が含まれている。「イルカを助けよう」的な要素は、イルカが好きな人や、ダイバー、動物愛護派の人々に訴求するだろう。

イルカについて特に関心を持っていない日本人も大勢いる。ただし、この映画ではイルカの体内の水銀濃度が高いことを示す根拠、およびその肉がクジラ肉と称して販売され、子供たちの学校給食に出されている可能性も示している。そうと知りつつ学童らに水銀中毒を起こすことは一種の不正行為であり、またまったく別のタイプの日本人たちに訴えかけることにもなろう。捕鯨を擁護する保守派ですらそこに含まれうる。

みなさんには以下のURLを知り合いの日本の方々に是非とも吹き込んでいただきたい。このブログ記事も日本語訳を近日中に投稿予定。

日本語吹き替え版のURLは:http://thecovemovie.com/freejapanesedownload

なお、影山優理氏がForbesでこのことを記事にしている(英語)。


捕鯨問題の争点は、Wikipedia(日本語)によくまとめられている。

日本からダウンロード出来なくなってしまったみたいですが、誰かミラーをつくたみたいです:http://goo.gl/hww2K

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