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今回のPodcastの理解度をより深めるための10のキーワード

オルガ・ノイヴィルト

番組で直入さんがコラボ相手として語っていた現代音楽の作曲家。ヒエラルキーや男性支配社会への反骨を音楽にしてきた人で、後述のマレーヴィチやベルクと同じ前衛の系譜ですね。

カジミール・マレーヴィチ

ロシア・アヴァンギャルドを代表する画家(〜1935年)。白地に黒い四角を置いただけの『黒の正方形』(1915年)で知られます。対象を描くことを手放す「シュプレマティスム」を唱えた人で、直入さんの制作にも触発を与えているそうです。

アルバン・ベルク

オーストリアの作曲家(1885〜1935)。師シェーンベルクのもとで、調和やメロディを解体する無調の音楽を追い求めました。番組でCDの話に出てきた、既存の音楽を壊しにいく「破壊力」の主ですね。歌劇『ヴォツェック』などで知られます。

新ウィーン楽派

シェーンベルクと弟子のベルク、ウェーベルンら、20世紀初頭ウィーンの前衛作曲家たちのこと。番組で言っていた「語彙学派」はこれですね。調性を捨てた無調・十二音技法で、それまでの音楽の常識を根こそぎ壊しにいった人たちです。

花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは(徒然草)

兼好法師『徒然草』第137段の一節。満開の桜や満月ばかりが美しいのか、いや散り際の花や雲間の月にこそ趣がある、という意味です。番組の「欠けたるもの」「未完の部分」を愛でる侘びの美意識は、まさにここに通じています。

金継ぎ

割れた器を漆でつなぎ、継ぎ目を金で装飾して蘇らせる日本の伝統技法。室町時代の茶の湯で発展しました。傷を隠さず、むしろ景色として見せる発想が、いま海外でも「KINTSUGI」として人気だそう。番組の「壊れたものの再生」の話の通りですね。

一味同心

心を一つにして結束すること。「一味」には仏教で「みな平等」という意味があるそうです。同じものを分け合うことで結びつく、中世の茶寄合や一揆の作法が背景にあります。刀を置いて誰もが対等になる、という茶室の話につながる言葉ですね。

茶入

濃茶用の抹茶を入れる、小さな陶製の器。もとは中国で膏薬や薬味などを入れていた小壺が日本に渡り、茶の容器に転用されたのが始まりだそうです。番組で直入さんが「薬が入ってた」と話していたのは、この由来のことですね。

名物狩り

織田信長が、茶人や商人から名物の茶器を集めさせた政策のこと。集めた茶入を茶会で披露して権力を誇示し、手柄のあった家臣にだけ与えました。茶入一つが一国に値するほど権威化していく、まさに番組の「格付け」の話そのものですね。

路傍の石

道端に転がる、誰にも気に留められない石のこと。山本有三が同名の小説(1937年発表)に使って広まった言葉です。その名もなき石が大名物より尊く見えた、という直入さんの気づきが、今回のタイトルと締めにつながっています。

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今回のPodcastの理解度をより深めるための10のキーワード

存在の大いなる連鎖

Joiさんが話していた「神がいて、人間がいて、その下に道具や奴隷がいる」という西洋の階層的な世界観のこと。プラトンにさかのぼる考え方で、英語ではGreat Chain of Being。ラヴジョイの同名の本(ちくま学芸文庫)が古典です。

久多(くた)

樂さんが移り住んだ、京都市左京区の最北端にある集落。滋賀と福井に接する山の中で、平安時代の文書にすでに名前が出てくるそうです。バスは土日のみ、しかも停留所から徒歩数十分。「電話もテレビもない」という話にも納得ですね。

千利休の切腹

天正19年(1591年)、秀吉の命により70歳で切腹。大徳寺三門に自分の木像を安置させたことなどが罪状とされました。弟子たちが助命に動き、一言詫びれば済んだとも言われますが、利休は謝らなかった。番組の「自ら選んだ」はこの話です。

足るを知る(知足)

老子の「知足者富」(足るを知る者は富む)や、仏教の経典に出てくる言葉。京都・龍安寺のつくばいに刻まれた「吾唯足知」でも知られています。番組では、これもまた侘びの美意識のひとつなのだと語られていました。

ユヴァル・ノア・ハラリ

1976年生まれ、イスラエルの歴史学者。『サピエンス全史』が世界的なベストセラーになりました。Joiさんが番組で紹介していたのは、その上巻にある「認知革命」の議論です。近著は『NEXUS 情報の人類史』。

認知革命と「虚構」

『サピエンス全史』の中心にある考え方。国家も貨幣も企業も、実在しないのに大勢が信じることではじめて機能する「虚構」だ、という話です。目に見えないものを信じられるから、人間は何千人規模で協力できるのだそう。

ネアンデルタール人

ホモ・サピエンスと同時期に生きていた、別の人類。ハラリによれば、一対一なら負けなかったはずが、虚構を共有できず大人数で組めなかったために消えていった。番組で語られていたのは、この仮説です。

万葉集

8世紀後半に成立した、日本最古の歌集。実は「侘び」の最も古い用例もここにあって、巻四・644番の歌に「和備(ワビ)」という形で登場します。ただしその意味は、美意識ではなく「気落ちする」でした。

相模「恨みわび ほさぬ袖だに...」

番組で引かれていた百人一首65番。作者の相模は平安時代中期の歌人です。恨む気力も尽き、涙で袖が乾かず、その上に浮名まで立ってしまう、という嘆きの歌。ここでの「わび」も、やはり暗いほうの意味ですね。

侘び

辞書を引くと「動詞『わびる』の連用形から」とあります。つまり元は動詞。落胆する、思いわずらう、という意味でした。それが中世以降、簡素さのなかに美を見る言葉へと反転していきます。番組の締めの一言は、ここに掛かっています。

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今回のPodcastの理解度をより深めるための11のキーワード

ティモシー・リアリー

Timothy Leary(1920-1996)。ハーバードの心理学者ながらLSD研究にのめり込み、1963年に大学を追われた人物です。「Turn on, tune in, drop out」の生みの親。晩年は「PCは90年代のLSDだ」と、コンピュータに傾倒していったそうです。

ビートニク

1950年代アメリカの文学運動「ビート・ジェネレーション」の担い手たちのこと。ケルアックやギンズバーグが代表格ですね。ちなみに「ビートニク」という呼び名は、1958年にサンフランシスコのコラムニスト、ハーブ・ケインがスプートニクをもじって作った言葉だそうです。

アレン・ギンズバーグ

Allen Ginsberg(1926-1997)。ビート・ジェネレーションを代表するアメリカの詩人です。代表作「吠える(Howl and Other Poems)」は1956年、シティ・ライツ社の「ポケット・ポエッツ」叢書の4冊目として刊行されました。文字どおり、ポケットに入るサイズの詩集でした。

唐十郎

1940-2024。劇作家・演出家・俳優。1963年に「状況劇場」を旗揚げし、1967年からは新宿・花園神社の境内に紅テントを立てて公演を行いました。アングラ演劇の代表格です。1983年には『佐川君からの手紙』で芥川賞も受賞しています。

長次郎

樂家の初代(生年不詳-1589)。もとは瓦を焼いていたとも言われ、ろくろを使わず手で捏ねて成形する独自のやり方が利休の目に留まりました。装飾も造形の面白さもぎりぎりまで削ぎ落とした黒い茶碗は、ここから生まれています。

待庵

京都・大山崎の妙喜庵にある茶室で、国宝。利休の作と伝わる茶室で現存するのは、これ一つだけだそうです。それまで四畳半が基本だったところを二畳にまで切り詰めた空間で、にじり口の最初の例とも言われています。

本来無一物

禅語で、六祖慧能の偈にある一句。「もともと何もない」と訳されがちですが、有る無しの区別そのものを超えた根源を指す言葉なのだそうです。何もない、というより、そこから何もかもが出てくる場所、という感じでしょうか。

花は野にあるように

利休の教えとして伝わる「利休七則」の四番目。茶室の花は、野に咲いているときのように生けなさい、という意味です。ただし利休本人の言葉かどうかは確かめようがなく、そう伝えられてきた言葉、という位置づけになります。

大和大納言

豊臣秀吉の弟、秀長(1540-1591)のこと。1587年に権大納言となり、大和を治めたことから「大和大納言」と呼ばれました。大友宗麟が「公儀のことは宰相(秀長)に、内々のことは宗易(利休)に」と書き残した逸話が知られています。

オープンエンディッドネス

Open-endedness。人工生命の研究から出てきた概念です。答えにたどり着いて止まるのではなく、新しさと複雑さを果てしなく生み出し続ける性質のこと。自然の進化がその代表例で、近年はAI研究の大きなテーマにもなっています。

アウフヘーベン

日本語では「止揚」。ヘーゲルの弁証法の中心にある考え方です。ドイツ語のaufhebenには「否定する」「保存する」「高める」という意味が同居していて、対立する二つを否定しつつ抱えたまま、より高い段階へ統合することを指します。

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今回のPodcastの理解度をより深めるための13のキーワード

樂直入

1949年生まれの陶芸家。1981年に十五代樂吉左衞門を襲名し、2019年に長男へ代を譲って「直入」と改名されました。東京藝大の彫刻科出身でイタリア留学の経験もあり、フランス芸術文化勲章シュヴァリエも受章されています。

釉薬(ゆうやく)

陶磁器の表面を覆うガラス質の膜のこと。原料の配合を「調合」と呼び、窯元にとっては最重要の企業秘密にあたります。それを樂家では一切書き残さない....なんとも思い切った話ですね。

お庭焼

大名が自分の屋敷や庭に窯を築き、職人を招いて焼かせた焼き物のこと。紀州徳川家の偕楽園焼や水戸徳川家の後楽園焼が知られています。この時に外へ渡った調合が、まれに古書店に出るのだとか。

赤樂・黒樂

樂茶碗の二大様式。赤樂は赤土に透明釉をかけ800℃前後で焼き、黒樂は加茂川石の鉄釉を重ねて1000℃前後で焼き、溶けた頃合いを見て窯から引き出して急冷します。この一瞬の判断が黒を生むそうです。

京焼

京都で焼かれる陶磁器の総称。ろくろを引く人、絵付けをする人と工程ごとに分業するのが一般的で、分業を一切しない樂焼とはちょうど正反対。番組ではこの対比が話題にのぼります。

織部茶碗

武将茶人・古田織部の好みを反映した茶碗。わざと歪ませた沓形(くつがた)が特徴で、造形の面白さで見せるタイプです。何も足さない樂茶碗とは対照的な存在として登場します。

長次郎

樂家初代(〜1589年)。千利休の創意のもとで樂茶碗を生み出した人物です。装飾を削ぎ落とした造形はここから始まりました。父は阿米也(あめや)という渡来系の工人だったと伝わります。

手びねり(手捏ね)

ろくろを使わず、手とヘラだけで形をつくる成形法。樂茶碗はすべてこの方法です。作り手の身体が直接残るからか、使う人が「手を握っている」ような感覚になるという話、とても腑に落ちました。

一子相伝

技や秘伝を子のひとりだけに伝え、他には漏らさないこと。樂家ではその中身が「教えないこと」だというのが今回の核心です。2016年には、まさにこれをテーマにした展覧会も開かれました。

六歳の六月六日

芸事の稽古を始める日とされる慣習。世阿弥『風姿花伝』の「数え七歳から初稽古」が元で、江戸の歌舞伎で「六」の語呂が重なって定着したそうです。番組では能の家の例として出てきます。

樂家住宅

京都御所の西、上京区油小路にある樂家の建物。主屋も窯場も国の登録有形文化財(2007年登録)です。外観は町家風ながら、内部は数寄屋普請の凝ったつくり。今回の収録は、この敷地内で行われました。

嘉永七年

西暦1854年のこと。前年の嘉永六年(1853年)にペリーが浦賀へ来航し、この年に日米和親条約が結ばれました。樂家では、この年の墨書がある粘土板を今も現役で使っているそうです。すごい。

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今回のPodcastの理解度をより深めるための11つのキーワード

利休の竹花入

千利休は1590年の小田原攻めの陣中で、韮山の竹を使って花入を自ら作ったと伝わります(表千家不審菴の解説)。なかでも銘「園城寺」は正面の割れ目から水が漏れる一作。「そこが命です」と言い切ったそうで、なかなか痺れますね。

作為(さくい)

ひらたく言えば「狙ってやった感」のこと。茶の湯では技巧の跡が見えてしまうことを嫌い、作為のなさが尊ばれてきました。桑村さんの「デザインされた跡があると飽きる」は、まさにこの感覚のことですね。

丹後のカニ

京都府北部・丹後半島で獲れるズワイガニのこと。なかでも間人(たいざ)港のものは、わずか5隻の小型船が日帰り漁で獲るだけなので「幻のカニ」と呼ばれます。それを炭で焼くだけ、というのが痛快です。

しつらえ

その日の器や花、掛物などで空間を整えることで、「室礼」とも書きます。季節やお客に合わせて毎回組み替えるので、料亭にとっては料理と並ぶ表現の場。番組で言う「文脈」は、ここに仕込まれているわけです。

龍安寺(りょうあんじ)

京都市右京区にある臨済宗妙心寺派の寺院。白砂に15の石を配した石庭で知られ、1994年に世界遺産「古都京都の文化財」に登録されています。番組では、Joiさんの妹さんが若い頃に修行した場所として登場します。

テンジン・プリヤダルシ師

10歳で仏門に入り、ハーバードなどで哲学を学んだという異色の僧侶。MITではダライ・ラマ14世の名を冠する倫理研究センターの創設ディレクターを務めています。Joiさんが授業を共に立ち上げた相手ですね。

Principles of Awareness(気づきの原則)

MITメディアラボでJoiさんとテンジン師が始めた授業のこと。毎日の瞑想と読書、グループでの共有が柱で、学ぶ対象は外の何かではなく自分自身だけ、という変わった設計になっています。Joiさん自身も当時のブログで、この授業と「ゴールにしないこと」について書いています。

執着(アタッチメント)

仏教で、ものや考えにしがみつく心のこと。苦しみの原因とされ、手放すことが説かれます。ただ「手放そう」と力み過ぎると、それ自体が新しい執着になってしまう。番組で語られたのは、その落とし穴の話でした。

大徳寺(だいとくじ)

京都・紫野にある臨済宗大徳寺派の大本山。一休宗純が住持を務め、村田珠光や千利休といった茶人が深く関わったことから「大徳寺の茶面(ちゃづら)」と言われるほど、茶の湯とゆかりの深いお寺です。

ヴィパッサナー瞑想

古代インドに由来する瞑想法で、パーリ語で「ものごとをあるがままに観る」という意味だそうです。呼吸や身体の感覚をひたすら観察し続けます。10日間ずっと沈黙して過ごす合宿コースが、世界各地で開かれています。

ノンデュアリティ(非二元)

「自分」と「自分以外」を分ける境界は、本当は無いのではないか、という捉え方。インド哲学や仏教に流れる考え方で、瞑想の中で体感として訪れることがあるそうです。それが数学に化けた、という話には驚きました。