僕がドバイのバッシングに関する記事をブログに書いたのは、主にNew York Times紙の記事を読んだ友人やその他の方々からの、「ドバイは大丈夫? 蛇口からはゴキブリが出てくるし、空港は捨てられた車で一杯らしいけど」というEメールやTwitterメッセージに答えるためだった。「問題ないよ」と返事するしかなかった。ドバイに関するネガティブ・プレスが増えつつあるように思えて、報道に、攻撃的なネガティブな論調とコンテキストの欠如が見られたからだ。

前回のブログの記事では友人らに「問題ないよ。ドバイはもう終わりだというのは誇張に過ぎない」というメッセージを送ることに重きをおいた。ドバイに対するその他様々な批判に加え、UAE内の移民系労働者の扱いのひどさについて報じた記事にリンクを張った。

そのブログの記事にはたくさんの批判の声が寄せられ、その中には僕の最も親しい友人らからのものも含まれていた。人権問題をそれがまるで重要ではないかのように軽んじている、との批判だった。僕はそれでも、Hari氏による記事の論調が不当にネガティブであり、コンテキストが足りないと感じている。とはいえ、人権問題が深刻な問題ではないと感じさせる部分があったのなら、お詫びしたい。

Human Rights Watchの報告「Building Towers, Cheating Workers - Exploitation of Migrant Construction Workers in the United Arab Emirates」(タワービルを建設しつつ、労働者をだます~アラブ首長国連邦における移民形建設労働者の搾取)を読んで、とても参考になった。僕は様々な人とコンタクトをとっていて、この問題に関する直接的な情報を集めることに少し集中して取り組もうと考えている。十分に正確な見方ができるだけの情報を得られたと自分で感じ次第、これについて書くことを約束する。僕の個人的な考えだが、効果を出すには、強固な主張で立場を明確に決めてしまう前にまず、政府側の状況を含めたコンテキストを理解する必要があるからだ。

僕は人生のかなりの部分を『活動』に関わって過ごしてきた。テレビで大臣らをウソつき呼ばわりしたり、メガホンを手に道路をデモ行進したり、日本の政策のうち僕が強い意見を抱いたものについて片っ端から抗議したり討論したりしてきた。僕は自分が間違っていると思う問題について、積極的に反対するのを恐れてはいない。

ただ年月を重ねるにつれ、実際に変化を起こすには、戦略とコンテキスト、そしてこちらが送ろうとしているメッセージの受け手側の状況に対する理解とが不可欠だということを学んだんだ。僕の考えでは、Human Rights Watchなどの組織による、思慮深く粘り強い圧力とコンテキストに沿った現地での積極的な活動との組み合わせこそが、長期的なプラスの変化を起こす基礎となるはずだ。UAEや僕が影響を与えうるすべての地域における人権問題に対して、改善に貢献できる方法を見つけようと努めることを誓約する。

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