Synbiota(シンバイオータ)について初めて耳にしたのは今年のSXSWi で彼らが Accelerator Award を受賞した時のことだった。発表によると Synbiota は世界中の科学者、研究者、大学などを繋げ、遺伝子工学を用いて複雑な問題を解決するバーチャル連携サイトとのことだ。彼らはその週のうちに世界初の大規模オープンオンライン科学(Massive Open Online Science、MOOS)イベントの実施を発表した。「#ScienceHack」と銘打たれたそのイベントは、世界中の何百という研究者たち(よくわからない僕らみたいなのも含む!)が新型の「ウェットウェア」キットを使い、本来なら高額すぎて作れない部類の医薬品を数分の一のコストで作り出す、というものだった。

ひと月後、以下のメールが届いた。

From: Connor Dickie
To: Joi Ito
Cc: Kim de Mora
Date: Apr 17, 2014, at 11:12
Subject: ML alumni wins SXSW prize for SynBio startup & Invitation to #ScienceHack
From: Connor Dickie
To: Joi Ito
Cc: Kim de Mora
Date: Apr 17, 2014, at 11:12
Subject: ML alumni wins SXSW prize for SynBio startup & Invitation to #ScienceHack
(件名:メディアラボ卒業生が合成生物学でSXSWを受賞 /#ScienceHack へのご招待)

合成生物学およびプラットホーム「Synbiota」を使って実効のある医薬品を数分の一のコストで作成する分散型科学の試み「#ScienceHack」ご参加のお誘いです。#ScienceHack は先日、O'Reilly Radar から最も意欲的な分散型科学プロジェクトと評されました。生命工学に興味をお持ちかと存じますので、この機会にご参加いただければと思い、ご案内いたします。

ご参加いただくのは簡単です。我々のウェットウェア・キットのひとつである「Violacein Factory」(ヴィオラセイン・ファクトリー)を私から郵送します。また、同キットの使用に関心がありウェットラボ系の技術もお持ちのiGEM HQ の Kim de Mora 氏に紹介します(本メールをCCしてあります)。in silico(コンピューターシミュレーション)での設計、および実際のDNA断片の作成を合わせて、所要時間は1時間半ほどでした。培養などは Kim 氏が対応します。約5日後に彼のラボを再訪すれば結果をご覧いただけるはずです。

Violacein Factory キットを先日、地元であるカナダで作成し、その後ニューヨーク市での Genspace でも作ったのですが、誰もがそこから多くを学び、ヴィオラセイン生成生命体の最適化という我々の目標に向け、有意義な進展が得られました。

私はカナダからの商工系の派遣団の一員として27日から30日までボストン/ケンブリッジにいますので、もしご興味があれば、直接会って本件についてお話しできればと思っています。

よろしくお願いいたします。

Connor Dickie
http://alumni.media.mit.edu/~connord/


iGEM (International Genetically Engineered Machine)のことは知っていた。iGEM はMIT からのスピンアウトで、ロボットコンテストがロボットに興味のある子供たちを集めてハックさせたり学んだり競争させたりするのと同様に、高校生と大学生が一堂に会し、DNA をハックする機会となったものだった。iGEMは今や Jamboree イベントで2000人を超える学生を集めているが、すごいのは、最先端の合成生物学を大衆に普及させていることだ。

ヴィオラセインは自然に存在する紫色の化合物で、アマゾンなどの熱帯地方の土壌中でみつかる Chromobacterium violaceum というバクテリアによって作られる。ヴィオラセインは、そのバクテリアが捕食しようとしてくるアメーバ性生物に対する自然防御機構として生成されるもので、抗寄生虫性が見込まれており、がんの治療薬としても可能性があるようだ。問題は、野生由来のものを獲得することが困難であるため、グラム当たり35万6000ドルもの費用がかかる点だ。

合成生物学を(僕が一番好きな学習方法である)直接的実践で学べる好機とくれば、見逃すわけにいかず、やらせてほしいと即答でこの話を受けた。そしてまずは組み換えDNAをいじるのに必須の安全講習を受講した。「研究者のためのバイオセーフティー総論」完了。「血液媒介病原体(研究者向け)」完了。肝炎関連情報フォーム、記入完了。衛生化学総論(ウェブ)および有害廃棄物の取り扱い(ウェブ)、完了!

その後、実際の手技を行うべき場所探しを始めたんだけども、そちらはけっこう大変だった。Synbiota から提供されるキットおよび作業行程は基本的に安全で非毒性ではあるものの、組み換えDNAおよびバクテリアを使った作業にはMITのちゃんとしたウェットラボが必要なのだった。そしてそのウェットラボは数が限られており、メディアラボの所長によるバイオあそびよりも大事な取り組みに使われているのだった。

チームの面々と話し合って必要なものを散々検討した結果、僕の自宅のキッチンを使うのが最も迷惑がかからないと決めたのだった。

7月27日。Synbiota チームと iGEM の Kim、そしてメディアラボその他からの多様な顔ぶれの研究者らが、Violacein Factory を使った #Sciencehack のために僕の家に集まってきた。まずは自分たちが何をしようとしているのかについての具体的なブリーフィングから始めた。

我々の目的は合成生物学を用いてヴィオラセインを合成する手法の最効率化におけるイノベーションで、この取り組みには他にも何百ものチームが参加している。

科学者たちの手によって、ありふれたアミノ酸の一つであるトリプトファンが Chromobacterium violaceum の代謝経路によりヴィオラセインに変換されることが判明している。この経路には5つの酵素と、それらの生成のための様々な遺伝子配列が関与している。これらの、いわば遺伝情報の「部品」と呼べるものは、DNA分子内の異なる位置に配列されうるため、組み合わせによって特性や長所・短所が異なってくる。最適な配列と組み合わせは現時点ではまだ特定されていない。


合成生物学用のキットを開発している Genomikon との共同設計で作られた #ScienceHack Violacein Factory Kit には、様々な遺伝的「部品」が一通り入った小瓶群と、それらを合成してプラスミドを作り出すのに必要な材料が含まれていた。Synbiota による説明は以下の通りだ。
本キットには、以下のものを除き、必要なものがすべて含まれています。
・ ice buckets and ice
・ 42 C water bath with epi tube floaty blanket
・ 37 C incubator
・ピペット、ニトリル手袋、ペトリ皿、PCRチューブ、白衣(生命工学が本格体験できます。でもテキトーなトレンチコートでも大丈夫!)
・氷バケツと氷
・42℃の水浴槽とエピチューブ用の浮遊ブランケット
・37℃の培養器
上記の物はいずれも、自宅にあるかインターネットで調達できるか、地元の大学のラボショップ、もしくは友人の科学者のストックを探せば手に入るでしょう。

iGEM のKim がiGEMラボから一式を持ってきてくれて、すべての器具について安全な使用のためのプロトコルのキッチンを実演指導してくれた。

Synbiota はこのような素晴らしい #ScienceHack プロジェクトを練り上げただけではなく、研究ノートをオンラインで公開して共有するための一連のオンラインツールを開発しているし(僕が買っておいたオシャレな紙製ノートはいらないようだ!)、とてもよさげなグラフィカル・インターフェースを通じた DNA 設計が可能だし、コミュニティとして合成生物学に取り組めるようにするためのあれこれ揃ったツール群を研究者に提供している。あらゆる要素が非常に練られたデザインとなっており、効果的に機能した。

まずは Synbiota のウェブサイトでアカウントを作成し、自分たちの研究ノートにログインした。Justin がヴィオラセインの代謝経路について説明し、オンラインの遺伝子エディタ「GENtle3」(参考動画)を使ってオンラインで遺伝子配列を設計する方法を教えてくれた。

「GENtle3」ではキットの一環として提供されている遺伝的な部品を、どのパーツ同士を繋げられるかのルールの範囲内でさえあれば、好きなように遺伝子配列内へとドラッグ&ドロップできた。僕が設計した配列は Anc-ABEDDDC-Cap だった。A、B、C、D、E はそれぞれヴィオラセインの代謝経路を構成する各酵素に対応している。(Sciencehack プロジェクト内でシーケンス(配列)タブを表示させれば、これを含む、設計された配列を確認できる。)

配列の最初には必ず「Anchor--Origin-X'」断片を入れる必要があった。電磁ビーズに繋がっているのがその部品だからだ。実はこれこそが、一連の素晴らしい手技をキッチンでも可能にした、鍵となる革新の一つなのだ。

キット内にはミクロン未満の電磁ビーズがあり、そこにアンカーパーツ(DNA鎖)が繋がっていた。これがどういうことかというと、小型ながら強力な外部磁石を容器であるエピチューブの外面に当てることで操作中の遺伝物質を残らずエピチューブの側面に寄せて、対象物を容器にしっかりと固定した状態でピペットなどを使って容器に液体を加えたり抽出したりできるのだ。

配列が設計できたら、次は実際の合成だ。手技としてはビーズをエピチューブに入れ、洗浄用の試薬を加え、洗浄用試薬を除去し、設計の次の部分に対応したカラーコードになっているチューブから遺伝子の部品を加え、ビーズ上にあるDNA鎖にその新たな部品を繋げるためにDNA用のノリとでもいうべき T4 DNAリガーゼを足し、余剰の物質を除去し、再び洗浄し、以下、ビーズに予定どおりの順番で部品を追加し終わるまでその流れを繰り返していった。理論上は、これで各ビーズに我々が設計したDNA配列(プラスミド)に対応した長いDNA鎖がそれぞれ繋がっているはず。

最後のステップでバッファを使ってDNA鎖からビーズをとりはずせば、残された小さな一滴の遺伝物質は、生きたバクテリアに導入することでトリプトファンからヴィオラセインを生成するのに必要な酵素が一式、合成可能になるわけだ。


次のステップは「転換」と呼ばれるもので、作ったプラスミドをバクテリア(我々の場合は E. coli)に導入する行程だ。 このトランスフェクション段階が容易に進む「優秀な」 E. coli 株も、よう、iGEM が生み出したものだった。転換を引き起こすために我々が使った行程はE. coli ともども遺伝物質を食塩水に加えて急速加熱し、遺伝物質を E. coli に吸収させる、ヒートショック法と呼ばれるものだった。ふと見ると、過熱用の器具に「MIT 備品管理室」のステッカステッカーが貼ってあった。ちょっとしたパンクロック精神の現れだね。ヒートショック後、養分やミネラルを含む液状物を加えて E. coli を「リブート」した。すなわち、目覚めさせて、導入したばかりのDNAコードを実行してもらえるよう、培養可能な状態にしたのだ。

その後、E. coli を抗生剤であるクロラムフェニコールと共にゼリーのようなエサ(培地)がのったペトリ皿に塗布した。配列の設計時に巧妙にもクロラムフェニコール耐性を高める遺伝的パーツを含めていたため、クロラムフェニコールによってペトリ皿上の他のバクテリアが一掃してくれるという仕組みだ。

こうしてペトリ皿を iGEM に送り返し、培養してもらった。結果はカンペキでこそなかったものの、ヴィオラセイン、および、代謝経路に関連した他の分子が生成されたようだった(他の誰かのでは違う色ができていたりした)。僕のペトリ皿の画像を見ると黒っぽいジグザグの塗布跡があるけれど、これは僕が設計して作り出したDNAが実行された結果、何十億というバクテリアが代謝他体を生成しているからだ。この時点ではまだヴィオラセインを作り出せたかどうかは確証がなく、さらなる確認と実験を要するものの、複雑な代謝経路の作成を初めて試みたにしては、正直悪くない。さらにすごいのが、僕が設計したいDNAは12,000塩基対というかなり長めのものなんだけど、#ScienceHack の次のステップはこれが丸々僕の設計どおりに合成されたかどうかを確認できる点んあおだ。我々は他のチームと設計、プロトコルおよび行程を共有した。次のステップで他のチームの仕事を見て改善可能な点がないか検討し、もう一度やってみるというわけだ。

2日半の作業で、我々は10年前だったらノーベル賞ものだった仕事をキッチンでやってのけた。遺伝子配列を設計し、それを実際に合成し、バクテリアに導入したうえでそのバクテリアをリブートしてみせたのだ。

また、従来の研究所の方式のようにひとつのチームが作業をして論文を発表し、他のチームが後からその仕事を再現しようと試みる形とは異なり、我々は作業中に仕事内容を共有しつつ、イテレーション、イノベーションそしてディスカッションを交えて進め、併存するラボからなるひとつの大所帯なチームとして取り組むことができたのだ。

何百もあるチームのどれかがヴィオラセインの合成、抽出そして精製の効率的な方法を発見できる可能性は高そうに思えるし、非常に稀少な化合物を作り出せる自作ビール製造装置のようなものを、誰でもヴィオラセイン製造工場が作れるような指示内容とともに研究者の皆さんに提供できる状態を、そう遠くないうちに達成できる見込みなのだ。

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注釈:上記の体験後、感銘を受けた僕は iGEM に寄付をし、Synbiota に投資することに決めた。

1 Comment

伊藤穰一様

はじめまして、株式会社フェイズ・ワンの執行直樹(Naoki Shigyo)と申します。
神奈川県藤沢市でシステム開発等のスモールビジネスを行っております。
メールアドレスが分かりませんでしたので、コメント欄から失礼いたします。

今回、弊社の新規事業に対するご相談を申し上げます。

「親愛のコミュニケーションメディア」を私達は創っています。
情報では原理的に解決できない重大な問題があると考えるからです。
親愛を情報に誤訳せず「観念」のままで取り扱い、既存メディアに載せる技術です。
大脳の認知機能を利用した、これまでには無いタイプのプロトコルといえます。
UIは至ってシンプルです。

既にiPhoneアプリのプロトタイプもあり、国内とUSにおいてコア部分の特許も申請済みです。
ビジネスモデルも革新的で、かつ高い収益を見込るものです。
本格開発と運営体制、普及戦略ための初期投資について、ぜひ貴方にご相談に乗っていただきたくメールしております。

なぜ貴方なのかと申しますと、以前NHKのTEDプログラムでSherry Turkleの「Alone Together」を紹介され、また情報メディアの世界で有数の知見と感性をお持ちと判断したからです。
今回お話しする事業は、頭が良ければ分かるという話ではありません。

今回の事業は、Sherry TurkleのProblemに対するSolution、と言ってもいい内容です。
彼女はプレゼンで、直感を論理で説明しようとして苦しんでいる印象でしたが、私も同じく論理的に説明するのは難しいですね。
ただ、私達は明確なサービス仕様と事業プランを持っておりますので、説明をさせていただければ、貴方に驚きをもってご理解いただけると思います。

場をメール上に移してのご意見交換でも結構です。
ご多忙とは存じますが、よろしくお願いいたします。

執行直樹

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