ジョン・ブロックマンの「億万長者の晩餐会」で、Thinking Machines から転職して
現在Disney Imagineering R&D の副社長であるダニー・ヒリスと話す機会があった。
ダニーは一万年間機能しつづける時計を開発しようと考えているらしい。それで
「時間」の話になり、私は武邑先生に教わった日本人の「間(ま)」の概念を簡単に
説明した。日本人の時間の感覚は中国の水時計に端を発するもので、円形の日時計
が起源ではなかった、つまり、空間と時間の両方をさしての「間」の考え方のほう
が自然だ、と武邑先生はおっしゃっていたことがあった。ダニーは日本には早い段
階でいわゆる日時計があったかどうかを知りたがった。実際、中国人は西洋人に先
駆けて日時計をもっていたのではないかと考えていた。
ダニーはねじまき時計も良いけれど、放っておくととまってしまうだろうからあま
り良い考えとは思えない。だからチャイムにねじ仕掛けをすればいいんじゃないか
と思っていると説明してくれた。彼は伊勢神宮にも触れたが、ここでは新しい社が
古い社の隣に定期的に建設されるため、常に新しい建物を使っていられるのだとい
う。私は、時計の部品を定期的に交換し続ければ、いずれ全ての部品が交換される
ことになるんじゃないかと提案してみた。我々自身の体がそうであるように。ひと
つのものとしてではなく、パターンとして。
私は武邑先生にいただいた論文をダニーに送り、エドワード・ホールの『文化を超
えて』を添えた。ダニーはエドワード・ホールが言及している「ポリクロニックな
時間」と「モノクロニックな時間」の概念を知らなかったからだ。
エドワード・ホールは時間と空間を軸にして直線的にとらえる文化があるという。
これにより発展もまた計測可能なものとして整理されるが、それだけがかならずし
も人間の常識にそったやり方だとはいえない。中東の官僚は、しばしば、いちどき
に訪問者を呼び、スケジュールではなく自らの優先事項に基づいて重要だと感じる
ことから始める。仕事が多すぎるときは既存の組織を拡大するのではなく、別の組
織を結成する。西洋では組織は拡大し続けるが、モノクロニックな文化の中では小
さな組織が増えていく。何にせよ、興味深いテーマであり、すばらしい本だ。
以下は武邑先生の「間」に関する論文。
日本語で「間」とは、時間と空間の両方を指す言葉です。645 年の大化の改新以
前、この国には時間という概念はなかったといっていい。大化の改新を経て、よう
やく漏刻(ろうこく)と呼ばれる中国の水時計の使用が始まり、時間の概念が生ま
れたのですが、水時計は空間の間の概念だけを発展させたようです。以下、拙文を
ご参照ください。では宜しく。武邑光弘
2
「間」について 武邑光弘
九年前の冬、デリック・ド・カーコフ教授が指揮する、テレビ会議でフランス、カ
ナダ、日本をつなげるプロジェクトのため、トロント大学のマクルーハン学部を訪
問したときのことだ。そのとき、デリックは頻繁に、日本の「間」、あるいは「間
隔」という概念を、長距離通信で使う映像の伝達における時差と重ね合わせた。時
間と空間の両方を意味する「間」の構造に彼が焦点をあてていたことは実に興味深
かった。今日の日本にあって、こうした「間」の概念はどれほど意識されているの
だろうか。日本で生まれ育った私だが、フランス系カナダ人のデリックの熱のこも
った議論に言葉をうしない、曖昧な態度をとりつづけていた。予期せずしてつきつ
けられたこの「間」という言葉から連想して、ジョン・ケイジが唱え、1970年
代の音楽シーンで物議を醸した東洋と西洋の音の構造の決定的な違いを私は思い出
した。そして、突如として抽象的な思考への扉が開かれ、能や茶の湯に代表される
日本の伝統美の奥深い世界が目前にひろがっていく喜びを感じた。
文化的DNAといってもいい、日本の伝統に関する決定的な体験の蓄積が、私の中
で呼吸していた。日本語で時間は、「時」という漢字と、空間を表す「間」という
漢字で書かれるが、私は不意に、「間」という言葉をメディア(媒体)という意味
におきかえてみた。間をおくという言葉には時間の概念が含まれているが、六畳間
の「間」は和室をさし、人は即座にその空間を思い描くことができる。西洋におい
ては、長い間、いったいどうしてこの一語が時間と空間の両方を意味するのかとい
う議論がなされてきた。メディア、中間に位置するもの、という概念は、時間と空
間の間隔をあらわし、それはウェブの概念にも似ている。
内的な世界を人を知らぬ間に紡いでいくウェブの機能は、メディアを理解するうえ
で最も重要な概念だ。広範囲に渡る一方通行の従来のメディア・ネットワークは、
ネット(網)という言葉に象徴されるように、大衆を集めて網に捉えるという観念
を反映したものだった。ウェブを擁護し、著作権の保護に反対してサイバーパンク
に決定的な影響を与えたハキム・ベイは、ウェブはこの類のネットではなく、ばら
ばらに存在する情報源を相互の交信網として主体的に編み合わせたコミュニケーシ
ョン手段であると表現している。それはソフィーの哲学、つまり、自由で自然な周
辺世界との交流を中心とした「旅」にもたとえられる。
従来の大衆社会においては、大量生産の広告とメディア装置を中心とする流通機構
の内部にいなければ、優れたコンテンツがあったとしても注目を浴びることは困難
だった。インターネット社会、またはデジタル社会は、これまで長期間の広範囲に
渡る浸透を条件としたこの流通機構を解体することになる。そして、コンテンツと
その関連事項が瞬時に時間と空間のウェブを形成すると、「サイバー空間の間」と
いうような時間と空間をつなぐ中継点が作られる。時間と空間の溝を埋めた従来の
流通機構とは対照的に、ウェブは「間」の柔軟な軸のおき方と、時間と空間に対す
る古来の考え方に基づいている。この意味で、無料のコンテンツとウェブは、サイ
バー文化にあっては、真に新しいメディア機構であるといえる。ネットワークとい
う言葉は、ウェブワークに換えたほうが妥当だろう。
インターネットは、著作権に規定されていた枠組みを自由な情報交換に置き換え、
3
ウェブという時間と空間の合間に束縛のない交信地を構築することによって新たな
次元のメディアを広く普及させてきた。そのため、ウェブワークによって生まれた
特殊な距離間隔が保たれることになる。速度と遅延、圧縮と拡大――こうした機能
により、現在のサイバー空間は自由に編集され、形作られてゆく。ウェブ上の無数
の種族によって編み出された時間と空間は、「間」の美を具現化したともいえる。
日本で毎年6月10日が「時間の日」であるという事実はあまり知られていない。
70 年以上も前、1920 年にこの日が「時間の日」と定められたことは、1300 年遡り
671 年、飛鳥時代の旧暦4 月25 日(太陽暦の6 月10 日)に日本初の水時計(漏刻)
が作られたことに由来する。今日、その意味を知っている人は少ないが、それは日
本史上で極めて重大な事件だった。というのは、それまで日本には時計というもの
が存在せず、日本人には時間の概念が全くなかったからである。現実に目に見えて
確かに存在するものとしては空間の概念しか知らなかった日本人が、水時計を使う
ことで、初めて、目に見えぬ抽象的な時間の存在を具体的な形で把握できた。水時
計は水の分量で時間を計る。つまり、蓄積する水の量によって時間が示されたた
め、時間を物理的な量として理解できたのだ。「漏刻」をきっかけに、日本人は、
間の概念に時間と空間の両方の意味をもたせるようになった。
一方、ヨーロッパの時間と空間の概念は違っていた。時間の概念は、大きくなる数
字の列に沿って動く日時計の歴史と重なる。動く影によって時を告げる日時計に
は、無論、水時計のような量の概念は存在しない。ひとつ前の刻み目にあった影が
今の場所に移動し、次の瞬間には別の影となって時間の移り変わりをしめす。ここ
には空間の概念はなく、時間は数字の列に沿って進むものとして捉えられている。
空間ばかりでなく時間をも量的にとらえる日本人にとっての「間」の概念は、日本
の神秘的な精神構造を象徴するものとして多くの西洋知識人をとりこにし、京都の
竜安寺の石庭の特殊な世界から茶室にいたるまで、様々な批評がなされた。
現在、ウェブとよばれて世界をつなぐメディアが、日本人の体験と感覚の源である
伝統的な審美的価値観と結合し、新たな潮流を作っている。神経組織のように地球
上に張り巡らされるデジタル網は、そのネットワークの力によって根底を覆されか
ねない産業・経済組織と同様、通信やサイバー空間のコミュニティーの形成などの
分野においても実世界に多大な変化を引き起こす。我々の課題は、サイバー空間の
全く新しい電脳世界をどのように構築していくかということよりも、その世界をど
う活用していくかということだ。歴史上で人類と自然界が共存してきた経験と知識
は、重力に影響されず、その時間と空間の概念において既存のメディアとは比較で
きない新たな情報の生態系、新しい世界を設計していくにあたって重要な要素にな
る。仮想空間が果てしなく拡大し続ける世界が現実に誕生したことにより忘れがち
だが、人間とメディアは欲望を接点にして共謀する。メディアが人間の際限なき欲
望を反映するものだということは真剣に考え続けていくべき問題である。欲望をか
たどる次世代のメディアにおいては、等身大の現実と文化を反映する卓越した距離
間隔が必要になる。

Translated by Yuki Watanabe

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素晴らしい休日があります。

人類の心を一つにつなぐ休日「ワールドホリデー」のメッセージです。
見て下さい。   www.worldholiday.info

今、人類全員が友人として繋がり合う事の出来るイベントがあったら良いと思いませんか?
ワールドホリデーは、人類全員が一つになれる事を知り、確認し、共有する事の出来るイベントです。

世界中の問題を解決して友好を実現するのは難しいですが、
調和の種を蒔いて友好を実現するのは簡単です。
ワールドホリデーを全世界に紹介して下さい。


* 通常、富は努力に比例して生産されると考えられています。
  ワールドホリデーは、最小の労力(何もしない事をする)で、
  人類にとって最大の富(調和)をもたらします。

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Whiplash by Joi Ito and Jeff Howe
Freesouls by Joi Ito

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