最近私は、妹と、「伊藤桃子財団」と、いま手がけている二文化間のコミュニティ ーの企画をどうするかという話をした。近頃コミュニティーについて考えることが 多い。天野氏と私は、日本人側は違った角度から企画をみていて、個別のコミュニ ケーションが重要になるということを確認した。ヘクターと私は多文化間、多言語 間のコミュニティーのサイトについて話し合った。先日、ハワード・ラインゴール ド、ジェフ・シャパード、リサ・キンボールらとも最近のコミュニティーのサイト について意見を交わした。

妹は、最近のコミュニティーのサイトの多くは商業的過ぎると言う。ただ、コミュ ニティーのサイトのビジネスモデルがいまだ見出されていないことは誰もが認める ところだ。妹(ミミ)は、人類学的な見地から、小規模のコミュニティーとそこに 所属する人々の連帯関係について研究しているが、とくに、ネットのコミュニティ ーに主眼を置いている。教育用のソフトウェア市場には十分な評価基準がなく、母 親たちは結局、たまたま店にあるものを購入することになる、と妹は言う。最も価 値が高いソフトウェアが店頭に並ぶとは限らず、広告と営業戦略で陳列がきまるこ とが多い、と。市場を評価し、発展させるコミュニティーを作ることは可能かもし れない。コミュニティーは、営利主義の広告主導で必ずしも最上のサービスを提供 できるわけではないはずだ。

慶応大学の渋谷氏に、ピーター・M・リヒテンシュタインによる『ポスト・ケイン ズ学派とマルクス主義の価値と価格理論への入門』を勧められた。この本のなか で、リヒテンシュタインは、新古典派の経済学者は市場と「需要」が価格と価値を 決定すると説明している。マルクスは生産に費やされる労働が価値をきめると主張 した。価値を決定するには、対象物の実利を吟味する方法もある。単一の市場が全 てを決定するという考え方は古典経済学派の社会観の産物だ。しかし、小規模のコ ミュニティーにおいては、大規模な市場よりも新しい型の価値と交換が適当だとい う可能性もある。

最近、ケネス・E・ブールディングの『新しい経済に備えて』を慶応大学の國領二 郎教授にすすめられて読んだが、経済だけでは説明がつかず、社会学的考察が必要 な分野の議論も必要だという気がする。

こうした意見交換と読書から、コミュニティーのユーザーがNPO(民間非営利組 織)を形成し、コミュニティーの基盤を買収するのが望ましいのではないかと考え はじめた。NPOはそれぞれのコミュニティーに適した形で統治されればいい。 例えばAOLのように大規模なコミュニティーのユーザーがAOLを買収して非公 開にするような場合が考えられる。また、コミュニティーの様々なツールを集め、 NPOを運営し、ユーザーと寄付金・税金が増えるに従い、NPOがより多くの技 術と資源をえることができるようになる場合もあるだろう。

これについてはいくつか考えられることがある。

中村隆夫氏によれば、官僚的な統治機構をもつNPOは職場としては退屈かもしれ ない。オースティン・ヒルも、ISPが協同組合によって運営される体制では、委 員会は退屈な人の巣になり、決断は遅れるだろうと警告している。組織がヴィジョ ンあるリーダーに導かれて迅速に取引し行動をおこせるような、活力と刺激にあふ れた統治モデルを考案しなければならない。

政治的には、このNPOは国家にも似ている。そこには強い信念、政治、思考、知 性ある人々と、ヴィジョンが存在しなければならない。現在の広告と市場を極上と する消費者市場以外に興味のない人々は関わるべきではない。

寄付のほか、インフラと商品の直接購入で浮いたお金を資金源にすることもでき る。組織基盤を所有するのはユーザーとなる。ネットイヤーの磯崎氏は主要なイン ターネット企業のほとんどはユーザーが所有しているとおっしゃっていた。私の考 えでは、大きな違いは株主が安易に退出することがなく、ただ投票権があるだけだ ということ。このため、投機目的の資本家は締め出され、歳入の成長からユーザー の満足度に経営の中心が移るだろう。

日本はそうした事業を始めるには面白い場所だと思う。アメリカのハイテク事業は 「成長」企業と分類されるには150%もの成長率が要求される。そうみられなけ れば、オプション価値もない。オプション価値がなければ、働きづくめで疲れ果て たハイテク企業の従業員をひきつける魅力はない。彼らにとっては、今シリコン・ バレーでお金を稼ぐのは実に容易なことであり、逆にそれなしに人々を惹きつける のは不可能に近い。日本は景気が低迷しているため、仕事が面白ければ何とかやっ ていける程度の報酬でも喜んで仕事をする人材に乏しくないのだ。 いずれアメリカの成長にはブレーキがかかり、オプション価値も下がる、と私は考 えている。そうした状況下では、成長モデルをもとに発展した経営機構と倫理では 才能を管理しきれないのではないだろうか。もしもNPOが明確なヴィジョンをう ちだし、能力のある人材をオプションなしに確保することができれば、そうした組 織は、シリコン・バレーの市場で景気が後退した局面で幻滅した人材を活用するこ とができるかもしれない。

若く聡明な官僚と、説明責任の欠如に関する学会の論争に、私は耳を傾けてきた。 彼らの大勢が、社会変革のための具体的な政策は無視されるか実行されないかのど ちらかだと感じている。オプション価値のようなもののために仕事をすることに慣 れているからだ。的確に組織さえすれば、学会や政府の仕事に従事する人々のコミ ュニティーから統治モデルを作ってゆく人材資源を確保することは可能かもしれな いと私は感じている。地球ネットワークの政策立案者がコミュニティーとネットを 活用して、経済的にも世界的な視点で見ても確実な技術研究と提案に行ったとすれ ば、そうした提案は疑いもなく「正当な」ものとして、その政策との距離が、従順 な政治家の政治力につながる可能性もある。そうした団体は、「ヴィジョン」につ いて世間的に高い評価と世界的な認知を得ることができる。これは、共同購入と主 要な資産の買収とあいまって、コミュニティーが国家的な規模に成長することにつ ながるかもしれない。

一方、コミュニティーは威圧的であってはならず、主体的にヴィジョンをもって一 体となったユーザーの利益に貢献しなければならない。企業、政府やそのほかの外 郭団体などは、このコミュニティーと伝統的な市場その他の両方のニーズにこたえ ることが可能だ。このコミュニティーは持続可能な、或は、市場の孤島といってい い程度のものだろう。

One Galaxy の高野氏に会ったが、彼は私の考えに概ね賛成してくれた。「退出のな い」ビジネス・モデルについて語り、私たちはよく似た考えをもっていることがわ かった。コミュニティーへの基盤の提供はビジネスにはなりえないだろうか。それ は「退出あり」のビジネスでもいいし、コミュニティーへのサービス提供を目的と した持続可能な程度のビジネスということもありうる。重要なのは規模の経済を実 現し、コミュニティーの乗り換えを防げる程度の妥当な価格を打ち出すということ だ。あらかじめ基盤の乗り換えコストを高く設定しておくという手もあるが、これ は特に必要ではない。

信頼について......e-bay を使い、國領先生に信頼とe-bay の価格設定について話した 後。コミュニティーにおける信頼の役割は技術やブランドによせる信頼のそれより も大きいかもしれないということだ。私自身、最近e-bay で万年筆を買ったが、小 切手が先方につく前にペンが送られてきた。「ペンの収集家は、信頼に値する人だ から」ということらしい。E-bay は評判を売り物にする。

基盤のプロバイダは、顧客層の維持に必ずしも価格や、技術や、ブランドに頼るの ではなく、政治的、人格的に、またはほかの面で信頼にたる存在になることができ る。これはむしろ「旧式」なビジネスに近いんじゃないか。伝統的な商社のよう に。時代に逆行しているのだろうか。

國領先生によると、e-bay では、同様の商品の価格がタイミングと売り手によって まったく異なる値段で取引されるということだ。ネットは、すべての価格が偉大な る市場によって均一化される完全な経済ではなく、一律ではないコミュニティーの 消費者同士の対話に大きく影響される価格メカニズムを形成しつつある。楽しみな ことだ!;-)

Translated by Yuki Watanabe

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