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今回のPodcastの理解度をより深めるための10のキーワード
茶入
濃茶に使う抹茶を入れておく、小さな器のこと。象牙の蓋をのせ、金襴の仕覆に包んで扱うのが定番で、茶道具のなかでも格の高いものとされています。直入さんが今つくっているのは、その茶入を石の形にしてしまったもの。なかなか過激な話です。
長次郎
樂家の初代。生年は不詳で、天正17年(1589年)に亡くなっています。千利休の求めに応じ、ろくろを使わず手で捏ねて黒い茶碗をつくった人ですね。番組に登場する十五代 直入さんから見れば、450年ほど前のご先祖にあたります。
竹花入
千利休が天正18年(1590年)の小田原攻めの陣中で、韮山の竹を削って自らこしらえた花入のこと。唐物が格上とされていた時代に、その辺の竹を床の間に持ち込んだわけですから、相当な型破りです。割れ目を三井寺の鐘になぞらえた銘「園城寺」が有名。
茶事
「茶会」とは別物です。親しい客を数人だけ招いて、炭手前、一汁三菜の懐石、濃茶、薄茶までを通しで行う、4時間ほどの本式の集まりのこと。大勢で薄茶をいただく茶会とくらべると、ずいぶん濃密な時間になります。
茶筅
抹茶を点てるときに使う、竹を細かく割ってつくった道具。茶碗の寸法に合わせて長さが決まっているので、器が大きくなりすぎると底まで届かなくなってしまいます。直入さんが自作を前に漏らしていたのは、そういうことですね。
武士は食わねど高楊枝
武士たるもの、食べていなくても、たった今食べたような顔で楊枝をくわえてみせる、という意味のことわざ。いわゆる、やせ我慢の美学です。頑張っているように見せない、という番組の話とぴたり重なります。
自然(じねん)
「しぜん」ではなく、呉音で「じねん」と読みます。自ら然る、つまり人の作為が加わっていない、あるがままの在り方を指す仏教の言葉。法然という名の由来になった「法爾自然」や、親鸞の『自然法爾章』にも出てきます。
野尻命子さん
1936年、東京生まれ。東京藝術大学の油絵科を出たあと、1962年に単身ローマへ渡り、1969年には裏千家のローマ出張所を任されます。以来ずっと欧州で茶の湯を伝えてきた方。直入さんが「ローマ流」を学んだ、その先生です。
アルベルト・モラヴィア
1907年ローマ生まれ、1990年没。『無関心な人びと』『軽蔑』などで知られる、イタリアを代表する小説家です。当時のパートナーは29歳下の作家ダーチャ・マライーニ。そうそうたる文化人が、ローマの茶室に集まっていたわけですね。
ジョン・ケージ「4分33秒」
演奏者が楽器を鳴らさないまま終わる、1952年初演の3楽章の作品。沈黙とは無音のことではなく、咳払いや会場の物音といった「意図しない音」が鳴っている状態だ、という主張です。茶室の話と、みごとに重なりますね。
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