34581570_10156015313486998_718869846225321984_o.jpg2011年に僕がメディアラボの新しい所長に就任することが発表された際、異例な人選だという感想を持った人は多かった。僕が上級学位、いや、学士号すら取得していなかったため、当然だ。タフツ大学もシカゴ大学も中退し、それまでの人生のほとんどを奇妙な仕事や、会社や非営利団代の設立や運営に費やしていた。

メディアラボとMITが、大学を出ていない所長を雇うのは、かなり勇気を必要とすることだったと思う。でも、峠を越えてからは、ある種の勲章だと感じる人たちもいた。(みんながそのように感じたわけではない。)

日本のインターネットの父であり、僕の日本での先生である村井純氏は、慶應義塾大学政策・メディア研究科委員長も務めており、同科の博士課程を受けるよう薦めてくれていた。2010年6月、学士号も修士号も持たない人への博士号の授与は可能、との確認が慶応大学から届いたときからこの話はいよいよ本格的になった。僕はメディアラボに入所した際、メディアラボの共同創設者で初代所長を務めたニコラス・ネグロポンテ氏に、博士課程を修了することは僕のプラスになるかどうか聞いてみた。そのときは、学位を持っていない方が興味深いから修了しないほうがいいのでは、と薦められた。

それから8年経ち、僕は討論会などで「学者代表」のようなに呼ばれることもしばしばで、博士課程の学生を含む多くの学生を指導したり、ともに働いたりしている。これらのことから、博士課程を修了する時が来た、と思い至った。つまり、自分の職業の生産物のひとつに学位というものがあり、僕もそれを試してみるべきだと感じたのだ。もう一度ニコラスに聞いてみたら、今度は賛成してくれた。

僕が取得したのは「論文博士」という、あまり一般的じゃない種類の博士号で、アメリカではあまり見かけないもの。機関に所属して新しい学問をする従来の博士課程とは違って、これまでの業績の学問的な価値や貢献度について執筆や弁護などする。また、一般的な博士課程とは、シークエンシングや順序付けも違う。

論文を書き、大学への提出物をまとめ、受理してもらう流れを経て、主任アドバイザー村井純氏、委員・論文査読者Rod Van Meter氏、Keiko Okawa氏、Hiroya Tanaka氏、Jonathan Zittrain氏によって委員会が結成された。論文へのフィードバックや詳細な批評を受けて論文を書き直した。6月6日、慶応大学で論文の公聴会が行われ、その際の質疑やフィードバックに基づいてもう一度書き直した。

6月21日に、最終試験として、批評や提案への対応やそれらに基づいた修正を委員会に発表した。その後、委員会が非公開会議を行い、論文を正式に受理した。そして僕は論文をさらに書き直し、書式を整え、仕上げをしてから印刷した最終版を7月20日に提出した。

最後に、委員会を代表して村井氏が7月30日に職員会議で発表を行い、投票を経て博士号授与が決まった。

論文はルール通り、すべて自分で著作したものだけど、これまでお世話になったアドバイザーや同僚、そして仕事をともにしたすべての人たちのおかげで実現したものなので感謝でいっぱいだ。

このプロジェクトを始めたのは、学位取得のプロセスを理解し、体験してみることが一番の目的だったけれど、研究や読書を行い、論文について話し合う過程でたくさんのことを学んだ。題名は"The Practice of Change"(変化論)で、オンラインで掲載中(PDF、LaTeX、GitHubレポ)。内容は、これまでの僕の仕事の大部分を要約と、僕たちの社会が直面している課題をどのように理解し、解決策を設計し、どう対応していくか、という問題を取り上げ、メディアラボの活動をどのように実用化し、これらの課題に取り組んでいる人たちの励みになるようにするか、というもの。
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この論文を書くにあたって、様々な藪をつついてしまった感じがすることもあった。以前は、極端に学術的な議論は避けるようにしていたけど、僕がしてきた仕事の前後関係を把握して書き表すには、複数の異なる分野を理解することが必要だったため、新旧を含めた沢山の議論に足を踏み入れることとなった。僕がいろんな分野に進出することによって、それぞれに精通した人たちに迷惑をかけてしまうことも多々あるけれど、建設的な批判を受けたおかげで今後取り組むことになる刺激的な仕事が数多く浮かび上がってきた。

僕はまだ「厳粛な学者」になったとは思っていないし、研究や学問関連の成果物を世に出すことが仕事の焦点になることは今後もないと思うけれど、物事を見るための新しいレンズ(見方)を発見した思いだ。これから新しい世界を探索する気分、とも言える。ワールド オブ ウォークラフトのようなゲームで新しいゾーンに突入し、新しい探求や新しいスキル、繰り返し打ち込むことになる新しい作業、そして初めて学ぶことが沢山ある状態によく似ている。すごく楽しい。

Credits

「権威に対して疑問をもつこと、そして自分なりに物事を考えること」と言ってくれた代父の故Timothy Leary氏

この論文を書くように背中を押してくれた村井純氏

論文について多くのフードバックや指導、そして励ましをくれたアドバイザーのHiroya Tanaka氏、Rodney D. Van Meter氏、Keiko Okawa氏、Jonathan L. Zittrain氏

メディアラボを創立し、指導してくれたNicholas Negroponte氏

複雑なシステムや縮小の限界について考えることを促してくれた故Kenichi Fukui氏

『サイバースペース独立宣言』を執筆したJohn Perry Barlow氏

Foucaultのことを教えてくれたHashim Sarkis氏

Evolutionary Dynamicsについて指導してくれたMartin Nowak氏

いつも生きがいを感じさせてくれるMIT、特にメディアラボの同僚のみんな

この論文を含め、あらゆることで力になってくれた共同研究者のKarthik Dinakar氏、Chia Evers氏、Natalie Saltiel氏、Pratik Shah氏、Andre Uhl氏

この論文をまとめるにあたって協力してくれたYuka Sasaki氏、Stephanie Strom氏、Mika Tanaka氏

最終的な編集をしてくれたDavid Weinberger氏

論文の様々な部分についてフィードバックをくれたSean Bonner氏、Danese Cooper氏、Ariel Ekblaw氏、Pieter Franken氏、Mizuko Ito氏、Mike Linksvayer氏、Pip Mothersill氏、Diane Peters氏、Deb Roy氏、Jeffrey Shapard氏

最後に、この論文が書けるように家庭生活を調整し、ずっと支持してくれたKioとMizuka

ブログの訳:永田 医

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