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Dを終えて、そして皆に感謝 »

D5は本当に楽しかった。 僕はとにかくすべての起業家、VC、ヘッドハンター、企業開発の人、大企業のCEO達に会ったような気分になった。でも僕はまだカクテルパーティーで快適な状態にはなれなくて、みんなと話しててもあまり時間のたたないうちに動いちゃうんだ。 基本的に僕はシャイみたいなんだ。 僕がフォーカスしてなくて、「何の仕事してるの?」っていう質問をされた後は特に具合が悪いな。 僕はセレブの写真を撮るのがうまくなっては来てるんだけど、それでもやっぱり近付いていって"Hi!"って挨拶するにはまだまだ抵抗がある。僕はもっとこういうこと克服すべきだよね。 でもその一方で、カンファレンスで写真を撮ることが僕に新しいアングルをもたらしてくれてるよ。たくさんの人と会うんだけど、その人達は大抵自分のいい写真をもってなくて、CCをつけてネットに流せる写真がないんだ。だから皆のWikipediaの記事に載ってる写真はあんまりいい写真じゃなかったり、写真がなかったりする。それで僕の写真の出番なんだけど、Wikipedian達が投稿した写真はJane Metcalfe(あんまりいい質じゃないね。新しいの撮らなきゃ)のもの、それに、Vint Cerf、Steve Russell、そしてSpacewarの写真がWikipediaに掲載されてるよ。だから僕が持ってる写真がWikipediaの記事に僕自身でも投稿してるよ。今のところ、Mimi、Scott、Rob Pardo、Tom Chilton、Walt Mossberg、Pierre Omidyar、John Markoff、Corneliusを載せたんだ。忘れてるだけでもっと他の人もやったかもしれないな。 こうやって写真を撮って、写真が自由で"Notable"の状態になることによってWikipediaとか他のサイトに使ってもらうことが僕の”ミッション”になりつつあるよ。この僕の新しいミッションは僕にもっとカンファレンスに出たいと思わせるようになるし、カンファレンス出た後も出てよかったなと思うようになる。 少なくとも部屋にいて退屈そうにオンラインしてるよりはいいよね。 僕はたくさんの人に会えてよかったと思うし、出会いを通してたくさんの事を学んでるんだ。 僕はきっとカリフォルニアにいる方がもっと仕事ができるとも思うんだけど、その一方で家に帰って僕のベジタブルガーデンとか僕の作ってる堆肥とかそういう物に触れたく気分もあるんだ。 今の僕のアイデンティティーをストレッチしてる生活状態の方が僕に合っててちょうど良いバランスを保ってると思うんだ。 でも長期的に見たらどうなのかは僕にもまだわからないけどね。 2007/5/31 Joiの英語版ブログより 訳:Taiichi Fox コメント:Joiって意外とシャイな一面もあるんですね。...

左利きを右利きに強制的に変える。 »

これは日本では良く行われてるんだ。日本では左利きであっても、右手を良く使うことによって右手も使えるようになる。これで「直す」ことができるんだ。 実際に僕がそうだった。 僕は自分が左利きだと思うんだ。 物を投げたり、キックしたり、ほとんど体をつかってやることは左でやってる、でも書いたり、切ったり、そういうフォーマルな事だけは右手になるんだ。 だから僕が汚い字を書くのはこのせいじゃないかな。僕の脳はこのことによってダメージを受けてるのかもしれないけど、ほとんどの事は問題なくこなせる。 最近、僕の右脳の探求してるんだけど、この左利きを右利きにするっていう事が体にとってどんな影響があるのか興味がある。この事についていくつかの話は聞いたりしたんだけど、この事についての学術的研究とかしっかりした物はまだ読んだ事がない。どうやってサーチしていいかもわからないしね。 何か右脳の機能と左脳の機能が逆になってたりすることが分かる方法ってあるのかな? 2007/5/19 Joiの英語版ブログより 訳:Taiichi Fox コメント:やっぱり左利きだと日本では生活しにくいのかな。...

ハッピーで静かな気持ち »

今、ちょうど東京からサンフランシスコに来たところだよ。僕のホテルの部屋はまだ用意できてないって言われたんだけど、それでも僕は怒らないでハッピーで静かだったよ。僕がいつも瞑想してるみたいな状態だった。絵を描いてるのが良いのかもしれないし、KriyaYogaの本を読んでるのが良いのかもしれないし、それとも天気が良いせいなのかはわからないんだけど、僕は今ストレスがたまるって事が考えられないよ。 でもそんな事もないかもしれないな。きっと今僕がストレスがたまる事がきっとあるはずだ! 僕のサンフランシスコの友達達には謝っておくけど、明日の朝に東京に帰らなければいけないからあんまり皆と過ごすことができないんだ。 2007/4/26 Joiの英語版ブログより 訳:Taiichi Fox コメント:きっと僕なら2秒でキレるでしょう。...

絵を描く事を発見 »

先週、ベイエリアにいたんだけど、僕はHoward RheingoldとPearlと散歩にでかけた。(写真1 | 2) 僕たちは瞑想とかの話をしていたんだ。新しくHowardが僕に勧めてくれたのは絵を描くこと。リラックスしてマインドを広げるのに役に立つっていうんだ。僕はまったく絵が得意じゃないってHowardに言ったんだ。でもHowardはそんなの関係ないよ、誰でも簡単な絵は描けるし、きっと僕もエンジョイするって言ってくれた。 最初は懐疑的だったんだけど、HowardがDrawing on the Artist WithinっていうBetty Edwardsが書いた大きい本をくれた。僕はこの本を飛行機に持ち込んで、読んでみた。この本を読むことで僕は驚きを得ると予期していたんだけど、僕の思った以上に驚いたな。 Betty Edwardsがはじめに説明したのは絵を描くことは右脳にとって読み書きをするってことなんだって。右脳は特別なこととか関係とかを考える役割があって難しいこととかの問題を解くのに使われるらしい。彼女が説明するには絵を描くのが下手な人は左脳が右脳の働きをブロックしてしまって絵を描くことができないらしいんだ。 右脳は物事を並べて考えたり抽象的に考えることが好きで、目で見たものをシンボルに置き換えてしまうって。たとえばあるイメージで、小さな人をみたり、中くらいの人をみたり、大きな人を見ると、脳は人自体が大きい小さいと認識せずに遠くにいる人、真ん中にいる人、近くにいる人って認識するようになるんだ。これは左脳で考えることなんだ。でも絵を描いたり絵の違いを描いたりするときには左脳が介入してしまうのが問題になる。 だから人の形を描くとすると、よくやるのが丸い頭、丸い目、足っていうふうに体の部分として左脳が認識している部分を対象にして書いてしまう。でも本当は違って、人間の体の部分はみんなそれぞれ違って、形は様々なんだよね。だから僕みたいな人が絵を描くと左脳がここは目、ここは足っていう風にして、左脳で認識して絵を描いてしまうから最終的には子供みたいな絵ができあがっちゃうんだよね。 彼女が出した話のひとつに壁にかかっているアメリカ国旗っていう話がある。最初の週には彼女は生徒達に国旗を描くために平行四辺形の中に直線を描くように言って旗を描かせた。次の週に彼女は本物の国旗はある一定の角度で交わっているんだよと教えた。そして生徒はもっとリアルな旗を描くことをした。次の週にはアメリカ国旗の横線のバーはみんな違う幅で、星はひとつひとつ違う形をしているんだよと教えた。こうやって細かい違いまで描く事は左脳が星とかバーとかをパーツとしてシンボルとして描いてしまおうという考えに逆らっている事になる。もちろん実際には壁にかかっている国旗を2Dの世界に置き換えた時にはすべてのパーツが違った形をしているのがわかる。 彼女は左脳を騙すためのテクニックをいくつか紹介している。左脳の働きに流されない為には、とても早く描く、とてもゆっくり描く、逆さになったイメージを描くっていうようなテクニックがあるんだ。こうすることによって絵を描くことが左脳にじゃまされずに右脳の働きだけで描くことができて絵が上達するらしい。 右脳は問題を解決したり考えたりするのに重要で、考えることはいつも右脳と左脳を行き来している。右脳が車の運転をしてる間に、左脳では行き先を覚えたりしたりしてる。左脳が情報を集めている間に、右脳ではそのアイデアを育てあげて左脳に渡すことによって、新しいアイデアが生まれる。 Edwardsは絵を描くことは右脳と話すのに役に立って、もっと右脳と対話することによって問題が解決できると考えている。僕も瞑想するときに絵を描くことについて考えるんだけど、左脳を黙らせることが重要なんだっていうことがわかる。この本を飛行機で読んだけど、僕の持っているノートにスケッチをすることをはじめた。僕が40年間も気づくことのなかった能力にビックリしたよ。老犬にはもう新しい芸を教えられないって誰が言ったの? でも僕の書いた絵をみんなとシェアできるかどうかはまだわからないな。でも僕は絵を描くことを通じて新しい考え方を身につけることができると思う。絵を使うことによって絵を通じたコミュニケーションができたり、方角を知る感覚を伸ばすことができると思うんだ。 僕は今まで小学校の時から閉じられていたドアを開けることにとてもエキサイトしてるよ。この僕のあたらしい趣味は「新しいライフスタイル」を持つことにとても貢献してくれる。 もしあなたが「私は絵が得意じゃない」と思うことがあればこの本を読んでみるように薦めるし、考え直して欲しいと思ってるよ。それから他にこういう関係の本があったら僕に教えて欲しい。 2007/4/21 Joiの英語版ブログより 訳:Taiichi Fox コメント:そういわれると僕も右脳の力をまだ発見していないような気がするな。...

ブロガーの壁と多面性の崩壊、および魔法の数字150について »

最近どうも「ブロガーの壁」に突き当たったみたいだ。自分のブログを読んでくれる人が増えるにつれ、より大勢の人に向けて書いているんだということを自覚するようになってきた。何か投稿する度に、いろんな視点からの、思慮深いコメントやメールが寄せられるんだから。「素早く/頻繁な投稿」がブログの基本だという。それは確かに真実だと思うけど、自分が投稿したエントリーに関する議論の厳格さや、出会う人の中に占めるこのブログの読者の割合が増えていることを思うと、もっと面白くて「防御可能」なこと──自己弁護のために時間を費やさなくてもいいようなことを書くようにしないと、と構えてしまう。実際、何についてブログを書くかについては、ずいぶん保守的になってきていると思う。デーナ・ボイドは、多面的なアイデンティティの決壊についてよく話をしている(僕はしょっちゅうリンクを張ることで彼女の言論のコンテクストを決壊させてます)。以前ダナが「お母さんにブログを見つかっちゃった」という記事を引用していた。これはアーヴィング・ゴッフマンが『行為と演技—日常生活における自己呈示』の中で言っていた「人間は相手によって言動を変え、異なるアイデンティティの一面を提示する」ということにも関連すると思う。ウェブログで問題になるのは、読み手が多様なコミュニティに属するバラバラの人間であるがゆえに、書き手のアイデンティティの多面性は決壊し、結果として、公的なアイデンティティとしてはある意味「浅い」人格を選ばざるを得なくなるということだ。シカゴでDJをやっていた頃からの友だちで米国国務省で働いている連中も、僕の会社の社員も、家族も、テキサスの思慮深い保守勢力も、サイファーパンク方面の友だちも、外交官も、日本で仕事のお付き合いがある方たちも、親しい友人たちも、みんな時々は僕のブログを読んでくれている。リアルの人生では、これらの人々に対する付き合い方はそれぞれかなり異なる。いろんなアイデンティティの一面を見せているわけだ。だけどブログでは、全員の反応のことを想像して書かなきゃいけない。それぞれに直接対話しているときのような「深み」に到達することは不可能だ。だから、たとえば「お酒をやめた」というような個人的な話を露出することがあっても、ブログにおける僕のアイデンティティは浅くならざるを得ない。「深さ」の前提となるコンテクストがそこにはないからだ。僕の禁酒についてもらったコメントの中でも本当に思いやり深いものは僕(の酔態)をよく知っている人からのメールかIM(インスタント・メッセンジャー)経由のものだった。ブログって、自分の駄目さ加減を知るのに役立つようなものではないんだよね。ハリーは「ヴァーチャルな親密さ」について書いている。どういうことだろう? 僕は彼女の言う「親密さ」はロビン・ダンバーの「魔法の数字150」に繋がる話だと思う。さて、現時点で#joiitoのIRCチャネルにたむろしてる人間の数は87人。IMの友だちリストに入っているのは216人(同じ人が重複していることもある)。一方でLinkedInのサービスでは僕は490人の人と繋がっていて、携帯電話のメモリには510人分の登録があって、年賀状は約1000枚もいただく。ブログに関しては、1日に13,000のユニークアクセスがあり、ページビューは30,000。今日参加したとあるNPOの基金調達の会合で出会った政治運動家が言うには、選挙に当選するためにはだいたい50,000人と握手しなきゃいけないそうだ。ロス・メイフィールドは、人間のネットワークを政治的、社会的、創造的という3つのレイヤーに分類している。政治的なネットワークは1,000人単位、社会的だと150人規模、創造的となると12人程度になる。僕の感触では、政治的なネットワークは10,000人単位で、次に来るのがビジネスのレイヤーでこれは500人規模、で、創造的なネットワークが12人くらいだということには異論はない。もちろん科学的な意見ではなくて、個人的な考えだけどね。この仮説を前提にすると、このブログは政治的なレイヤーに近づきつつあることになる。そう考えると、仕事の連絡をLinkedInで済ませることが多くなった分、IRCやチャットで話をしている時間は気取らずにハッピーでいられることや、今でも何より夕食のおしゃべりが好きなのも肯ける気がする。もし、自分のブログの読み手の規模や人員構成を自分で決められるなら、それぞれのレイヤーに合わせて書き方を変えることもできるだろう。ミーナは、ブログの本質は一部の評論家タイプの人間が「メディアに対抗する」みたいなものじゃなくて、むしろ普通の人たちが友人たちと一緒に楽しむところにあるんだ、と言う。僕もそう思うし、政治的なレベルに持ち込んでしまうよりは、気持ちとか感情のレベルでブログをやっている方が、よっぽどやりがいがあるのかもしれない。ただ、気をつけなきゃいけないのは、ある日突然有名になっちゃったり、母親に見つかったりして、それまで築いてきたコンテクストがいきなり瓦解しちゃうこともあるということ。自分のブログのオーディエンス、およびアイデンティティの多面性を管理することはとても難しい。これを本気でやろうとすると、オンラインでも実生活でも、人生最大級の苦労を強いられる。──以上、なんか最近うまくブログできないよ、ということをブログしてみました。オリジナル:Joi Ito's Web: Blogger's block, collapsing facets and the number 150

お酒をやめました »

最近、お酒の量を「減らす」ようにしてたんだけど、やっぱりそれでは駄目みたいだ。ゆうべ酔っぱらっちゃって、今は後悔の真っ最中。 というわけで、お酒をやめることにしました。もし僕のことを友だちだと思ってくれるなら、どうか協力して、僕にお酒を勧めないようにしてください。お願い。 よろしくお願い申し上げます。 オリジナル:Joi Ito's Web: Quit drinking...

Picture of PSINet Japan POP 1994 »

1994 僕のお風呂場にあったPSINet JapanのPOP

内向きの2日間 »

土曜日1が月ぶりにジムに行って死んだ。まだ痛い。ペキンの行きと帰りに飛行機でCSSの勉強しました。土曜日から僕のページのCSSの整理を始めました。日曜日はうちの投資マネージャー達と僕ぬ家で打ち合わせ。その後、平田君にのこってもらって一緒に僕のブロッグを作り直し。見かけはほとんど同じですが、HTMLとCSSはとてもきれいになりました。ついでにネオテニーのページもブロッグのフォーマットにすることにして、平田君にテンプレートを作ってもらって今日内容を書きました。今晩切り替えよう!それと金曜日から今日にかけて会社も引越し。やっと大体箱の整理終わりました。でも、書類はまだこれから整理。懐かしい資料が沢山あるけど、全部すてましょう!これで、家賃もやっとベンチャー並みになりました。狭いけど、コミュニケーションはよくなるでしょう。って、いうわけで久しぶりに2日間、外に向かず、会社中、自分の頭の中、自分の体などに集中しました。いい感じだけど、ブロッグのねたになかなかならない。...

日本語勉強宣言! »

だんだん僕の英語のブログが充実していくのに全然日本語の方はだめ。ブログにはまりだしてから、本当に日本語をもっと勉強してこなかったことについて後悔してます。深く反省します。これをもって、勉強をもっとちゃんとします。皆さん僕をたすけてください。がんばって書きますので、僕の日本語を直したり言い方についてアドバイスをしてください。それと、一番大事。僕を励ましてください。(自分で言ってどすんの~;-p)...